第18話 告白前夜②
双子の姉妹は、今日は、駅前の明日佳ビルディングにある占いの館に来ていた。ビルの9Fにあるこの占いの館と呼ばれるコーナーでは、4つの有名占い師の店舗が営業しているほか、占い見習いの人たちが、お金を取らずに占いだけをしてくれる「占い師養成所」というコーナーも設けられていた。一見、本当の店舗にとって、営業の邪魔に見えるそのコーナーも、無料ということもあり、人を集客するのには役立っていた。そして、やはり見習いの人の行う占い技術は稚拙で、物足りなさを感じた客が、そのまま本当の占い店に足を運ぶこともしばしば見られ、このビルのオーナーの商売センスの良さが、うかがい知れる。
「まずは、養成所の人に占ってもらわない?」
姉からそう提案されたので、まずはそちらのコーナーに足を運ぶ。
そちらには15ほどの机が、用意されているが、現在そのコーナーで占いをやっているのは7,8人ほどで、スーツ姿のサラリーマンであったり、城西南高”占い研究部”などと表示してあったり、素人感丸出しだなあという印象は拭えない。一番右の机にいたっては、何の占い道具も机の上には見えず、女生徒がただ、読書をしているとしか思えない。そんな養成所ではあったが、それでも、数人の占い師には、チラホラとお客さんはついており、一番混んでいるところでも、少し待てば占ってもらえそうだった。
「どれにする? 野々ちゃん。」
「そうねえ。」
私が養成所コーナーを見渡していると、ちょうど読書をしていた女生徒が顔を上げて私と目が合った。
「あの一番右の女の子、私たちより若いんじゃない? あの娘にも占いできるのかな?」
「ああ、翔洋の娘だねきっと。確か中等部の制服じゃなかったかな?」
「中学生にだったら気楽に占ってもらえそうだし、最初は、あそこにしてみようかな。」
ところが、
「恋の占いならお断りよ。」
野々葉の顔を見るなり、そう女生徒は言い放った。年下にナメられてはイカンと野々葉が言い返す。
「何で客を選ぶ、占い師がいるのよ!」
中学生占い師は、
「私がまだ、中学生だからって、下に見てイチャモン付けてくる人が多いのよね。恋愛がうまくいかなかったときなんか、お前のせいだとか言って。」
まあ、現実問題として無くはないだろう。そう思い始めた野々葉にさらに中学生が続ける。
「特に最近は、短気な娘が多くて…。私が、その恋はうまくいきません!なんて言った日には、その場でわめき散らしたりするから。私は客を選ぶことにしてるの。」
話の内容に納得はできたものの、野々葉は、
「じゃあ、あなたのとこに、お客さんなんか来ないんじゃ無い?」
少し嫌味を言ってみた。
「そうね。真実を知りたいんじゃなきゃ、来なくていいわ。」
「真実?」
「そうよ。他の占い師さんのとこへ行けば、少なくとも相性や運気が悪い場合でも、こうすれば大丈夫とか、可能性がありますとか、救いのある答え方をしてくれるわ。」
「…。」
「でも、私は、そんなことしないもの。駄目なものは駄目、無理なものは無理。分かってるわ、そんな占い師に需要がないことぐらい。」
寿々葉が野々葉の手を引く。
「野々ちゃん行きましょ。占いをしてくれない占い師と、お話なんかしてても無駄でしょ。」
「待って! お姉ちゃん。」
野々葉は、中学生の目を見ながら、
「あなたの占いは当たるの?」
と尋ねる。年下の女生徒はキッパリと言い切った。
「ええ。」
読んでいた文庫本に、しおりを挟んでパタンと閉じた中学生占い師は、代わりにスマートフォンを取り出して電源を入れた。
「じゃあ、まず、いくつか質問させてね。まずは、今日は、どんなことを占ってほしいの?」
「え~とね。今度、私告白をすることにしたの。」
さっそく、スマートフォンで何かを確認している。
「そうね、日取りは、風水、西洋術どちらも直近では6月28日が良いって出てるわ。」
野々葉は姉と目を合わせる。先程風水の店で言われたのと同じ日にちだったからだ。ただ、スマートフォンで占うというスタイルに疑問を持った姉が、
「スマートフォンで占うのって、何だか信憑性がないんだけど?」
ん? という顔で占い師は、
「フフ、時代は進歩してるのよ、きっと太古の儀式で、何にも道具無しに占ってた人にタロットカードを見せたら同じこと言うんじゃない? カードなんて信憑性がないんだけどって…。」
寿々葉は、
「そうね。分かったわ。あなたのスタイルに口出しするのは辞めるね。」
ありがと、と言って占い師は、次の質問を口にする。
「次は、あなたのお名前。漢字も教えて。ここに入れてくれる?」
占い師はスマートフォンを野々葉に手渡し、漢字を入力するよう促す。入力し終えた野々葉が端末を戻す。
「ありがと、風鈴野々葉。ちょっと待ってね。画数が…。あと、なるほど…。それより、あなた素敵な名字とお名前ね。これは占いには関係ない、私の意見だけど。」
「あ、ありがとう。」
ちょっぴり生意気だな、この中学生、と思っていた野々葉であったが、やはり褒められると嬉しい。
「じゃあ、次は、お相手の名前を。」
野々葉が、同様にムガの名前を入力して、占い師に戻す。その瞬間、ム、と声に出した中学生占い師は、しばし、そこで動作を止め、野々葉の顔をまじまじと見ながら言う。
「お二人さんは、東野東高の生徒さんなんですね。あの…その…。大変申し上げにくいのですが、え~と、事情がありまして、私、この方の中学校の頃のことを、良く存じております。中学校の頃は、この方に告白するには、ガーディアンと言いまして、人相の悪い男の人がぞれを邪魔していました…。ですので、お止めになった方が無難かと…。あ、ちなみにこれは、占いでは無く意見です。」
姉妹は、えっ!と声を出して顔を見合わせると、ウソ?と呟く、しばし、こんなこともあるんだ?などと姉妹で会話していたが、また占い師の方を向くと野々葉は、
「承知しています。ガーディアンを突破して、わたし、ムガくんと結ばれたいんです…。」
「ガーディアンを突破…。」
そう呟いた中学生占い師は、ガタッと席を立ち上がり、本当に申し訳ありません!と言って腰から体を曲げて深くおじぎをする。そして、体を起こすと、
「ごめんなさい。さすがにお兄ちゃんに関わりそうな方のことは、占うことが出来ません。代わりに占いの館の実店舗の方の割引券をお出しいたしますので、そちらで占ってもらってください。本当にすみません。」
「お兄ちゃん? あなたのお名前聞いてもいい?」
寿々葉が、不思議そうに尋ねる。
「はい。わたしは、式根明日佳と申します。ごめんなさい。お時間を取らせてしまって…。これどうぞ。」
寿々葉が渡されたのは、占いの館の半額券であった。式根と名乗った中学生占い師は、渡し終えると鞄を持って、こちらに一礼し、小走りでエレベーターの方へ去って行った。キツネにつままれるようにそれを眺めていた姉妹は、
「式根さんかあ…。そんな名字の人いたっけ?」
「あ、でも上級生かもしれないよ。野々ちゃん。」
「そうだねえ。でも、何で、お兄ちゃんに関係ある、なの? ムガくんへの告白が…。」
野々葉が、疑問を口にする。寿々葉は、首をかしげ、分からないと言ったあと、
「せっかくだし、どれか占いの館に行ってみる?」
「うん。そうだね。」
全ての準備は整った。絵馬には「恋愛成就」を筆で書いた。風水のお店では、黄色い小銭入れも買った。占いの館では「マダム・祥子」という人気の占い師から「あなたの心がけ次第で叶う」というお言葉をいただいた。いよいよ明日が6月28日だ。大丈夫、やれるだけのことはやった。あとは、あの門番を通過して、ムガくんのところへ、辿り着くだけ…。
あ、やり残していたことが、もう一つだけ。わたしは、なかなか眠れないので、夜更かしをしていたのだが、お姉ちゃんは、先にベッドに入って眠っている。そっと、足音を忍ばせて、お姉ちゃんのベッドのところまで行く。そして、お姉ちゃんの寝顔を見つめる。例え、明日の告白がうまくいかなかったとしても…。お姉ちゃんが、わたしのためにしてくれたことは忘れない。スヤスヤ眠るお姉ちゃんに一言、「ありがとう!」を伝える。言い終えたわたしは、ようやく眠気を感じ始めたので、自分のベッドへ向かう。明日のためにも、もう寝なくちゃ…。
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