第32話 エピローグ

「ママ~。」

小さい男の子が、深夜にも関わらす、玄関に出てくる。目蓋は半開きで、眠そうな目を擦っている。母親は靴を脱ぐと息子を抱きしめ、

「どうしたの? ム~ちゃん。起きて来なくてもいいのに…。」

だって…を三回ばかり繰り返した後、

「だって、ママが帰って来ない気がしたんだもん…。」

母親は息子の頭を撫でながら、

「ちゃんと、帰って来ますよ。ホラね。」

そう言って、今度は息子の両のほっぺたに手を当て、そのまま自分の顔の正面に近づける。息子はエヘヘと嬉しそうに笑う。ふと、息子の目尻に汚れがあることに気づき、

「あら? ム~ちゃん。いっぱい涙流しちゃったの? 乾いた跡が付いてるよ。ちょっと待っててね。今、洗面器にお湯、貯めてあげる。」

洗面所の手桶にお湯の温度を気にしながら母親はお湯を貯めていく。そして、踏み台を出して息子が上れるよう準備すると、

「ム~ちゃん、おいで!」

ム~ちゃんと呼ばれた男の子は、ヨタヨタと洗面所にやって来る。そして、ウンしょっと、踏み台に上がり鏡を見つめる。鏡には、自分と隣に立つお母さんの顔が見える。お母さんが帰ってきた!嬉しい!鏡に映る自分の顔が、自分に微笑みかけてくる。隣のお母さんも優しい笑顔だ。

「ム~ちゃん。遅いから、顔を洗ったら、ちゃんと寝直すのよ。」

「うん、分かった。ボク顔洗って、寝直すよ!」

ム~ちゃんは、張り切った声でお返事をする。だって、その後、お母さんは、いつもお布団の横に来てくれて、僕が眠るまで、ずっと一緒に居てくれるんだもん!


 だから、ムガは、その言葉が大好きであった。例え、小さな子供を置いて、夜出歩いてしまうような、そんな母親の言葉であったとしても…。あの頃の優しい母親の記憶が、その言葉と共に甦ってくるからだ。母親を思い浮かべながら、鏡の中の自分に向かって語りかける。ム~ちゃん、

「顔を洗って、寝直しな♥️」


カオネナ 完

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カオネナ ~顔を洗って、寝直しな♥️~ 彩 としはる @Doubt_Corporation

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