第31話 真のガーディアン

 1年A組の教室で、寿々葉がいつものように、鞄から机の中に教科書やノートを入れようとすると、一枚の紙が入っていることに気がつく。

「アレ? 何だろ。」

そう呟きながら、二つ折りのその紙を見開く。寿々葉の顔が、そして眼差しが、厳しいものになっていく。ガタッと、椅子が後ろにズレるのも構わずに立ち上がると、拳を握りしめ、

「負けませんわ!」

誰にと言う訳でもなく、そう力強く宣言した。


 1年B組の教室で、夏美がいつものように、鞄から机の中に教科書やノートを入れようとすると、一枚の紙が入っていることに気がつく。

「ん? 何だろ。」

そう呟きながら、二つ折りのその紙を見開く。夏美は目を細め、ほう、なるほどと呟くと、ガタッと、椅子が後ろにズレるのも構わずに立ち上がり、片側のメッシュの髪をかき上げる、そして。

「やってやろうじゃない!」

誰にと言う訳でもなく、そう力強く宣言した。


 1年D組の教室で、京香がいつものように、鞄から机の中に教科書やノートを入れようとすると、一枚の紙が入っていることに気がつく。

「何、コレ?」

そう呟きながら、二つ折りのその紙を見開く。京香は、明らかに動揺して、辺りをきょろきょろ見回した後、ポケットにその紙をしまい込み、ガタッと、椅子が後ろにズレるのも構わずに立ち上がる。そして、

「絶対に渡さないから!」

誰にと言う訳でもなく、そう力強く宣言した。


 その日の放課後、屋上のフェンスに寄り掛かる雷二郎の視界に寿々葉が、そしてその後に夏美がやって来るのが見えた。何故か二人ともズンズンと、肩で風を切って迫ってくるように感じる。さらに、

「雷二郎! これはどういうこと!」

西階段の入り口からは、同じように京香が現れる。そして、おおむね同時に、雷二郎の元に三人が辿り着くと、

「雷二郎!」「雷二郎センセイ!」「雷二郎くん!」

ほぼ同時に声が掛かり、そのあと、

「説明して!!!」

見事な三重奏となって、雷二郎の耳に三人の声が響き渡った。

!?

事情が飲み込めていないのか、いつもは冷静な雷二郎が、な、何だ!と呟きながら、もう後ずされないにも拘わらず、屋上のフェンスに背中を密着させる。

と、その時である。ジャガジャーン♪とギターの音が鳴ったかと思うと、高い位置から声が聞こえてくる。

「やあ、みなさん。お集まりだね!」

雷二郎がそちらに目を遣る。給水塔の上に、ギターを抱えた男が一人、手を振って、こちらにアピールしている。純粋に考えて、落ちたら危険である。その男も分かっているようで、その後、ゆっくり慎重にタンクの横に付いている金属の梯子を下りくる。そして、さっきと同じ台詞を繰り返す。

「やあ、みなさん。お集まりだね!」

京香が、

「ムガ、あんた何やってるの? 邪魔しないでくれる! こっちはそれどころじゃないんだから。」

「必死だね。京香ちゃん。雷ちゃんを二人に獲られたくないんだね?」

「うるさいわね! こんな手紙もらったら、放っておく訳にはいかないでしょ。」

京香がポケットから取り出した白い紙に、雷二郎が視線をやり、書いてある文面を読み上げる。

「え~と。今日の放課後、オレは誰と付き合うか決めるつもりだ。もしその気があるのなら屋上に来てくれ。オレのことに興味がないなら来なくていい。 雷二郎。」

雷二郎の時が一瞬止まる、そして、

「?! は、はぁ~??? ちょ、ちょっと待て!」

手紙を読み上げた雷二郎が、大きな声を出して驚く。三人と雷二郎の間にムガが入り込み、三人に対峙する。そして首を一度だけ後ろにやり、

「雷ちゃん。僕に任しておいて!」

そう言うと、

ジャガジャーン♪

またギターをかき鳴らす。

「ボクは、雷ちゃんの恋のガーディアン!!!もし雷ちゃんに告りたかったら、ボクの審査を受けるんだ。」

「はぁ~???」

今度は、雷二郎も加わったので四重奏となった。

「さあ、それとも、ボクの鉄壁の守りに太刀打ちできないからって、尻尾を巻いて逃げ帰ることにする? 恋の門番…。これ、一度やってみたかったんだよね~。」

いや…しかし…。雷二郎は口をあんぐり開けて固まっている。他の三人も、あっけにとられ、しばしの静寂が屋上を包みこむ。普段は全く気にならない天文部の会話さえ聞こえている。だが寿々葉が、その静寂を打ち破る。

「私! 審査を受けます!」

ムガはニヤリとし、寿々葉を視界に捉えると、

「いいんだね、寿々葉ちゃん。ボクの審査は厳しいよ。」

夏美と京香がちょっと待ってよ! などと雑音を放っているが、ムガは動じない。雷二郎が、

「おい、待て、ムガ! いつ、オレがそんなこと頼んだ!」

ムガは、また首を後ろに向け、

「ボクの彼女は、雷ちゃんが審査するんだから、雷ちゃんの彼女は、ボクが審査したってよくないかな? まさか、自分だけは特別だ!なんて言わないよね?」

「ぐ。ぐぬぬぬ…。」

雷二郎は正論に弱かった。ムガは雷二郎を黙らせると、審査を始めるよ!と言って寿々葉に質問を開始する。

「雷ちゃんのこと、どのぐらい好きなの寿々葉ちゃん?」

「わたし、ずっと男の人と話すのが苦手で…。でも、それじゃあイケないと思って、高校に入ってから、勇気を出して、自分の思ってることをどんどん話していったの。そんなとき雷二郎くんが、私の言ってることが正しいとか、認めてくれて…。それにいつもムガくんのために一生懸命でしょ雷二郎くん。そんなところが素敵だなって思うと、もう胸の奥が…締め付けられて。」

ムガがうんうんと頷きながら、感動して目を潤ませている。

「わ、分かったよ寿々葉ちゃん。雷ちゃんのことが本当に大好きなんだね。」

ムガは目尻の涙を拭うと、

ジャガジャーン♪

と一度ギターを鳴らした後、

「ごうか~く!」

と高らかに、宣言した。寿々葉がキャッキャっと、喜んで、飛び跳ねる。雷二郎は不平は口に出さなかったものの、心の中で呟く。

(ちょ、チョロくないか? このガーディアン…。)

「ちょっと待ってよ、ムガくん! 三人呼んでおいて、早い者勝ちで決めるなんて言わないでよね! 私も審査してよ!」

夏美がムガを問い詰める。ムガは分かったと返事をし、

「じゃあ、夏美ちゃんは、どのぐらい雷ちゃんのことが好きなの?」

「雷二郎センセイは、私に希望をくれたの! ずっと私は変われない、変われないんだって生きてきた。それなのに雷二郎くんは、ムガくんのお家へおいでよって、そこで色々教えてあげるって…。不思議なの、そしたら私、変われるかもしれないって思ったの!」

京香が、夏美の告白を聞いているうちに、眉間にしわを寄せ始め、雷二郎を睨んでいる。ブツブツと、

「センセイ? ウチに来い? 色々教えてあげる♡?」

雷二郎は、怖くて京香を見ることが出来ない。

ジャガジャーン♪

また、ギターが鳴ったかと思うと、

「ごうか~く!」

ムガの高らかに宣言する声が聞こえる。まだ雷二郎を睨んでいた京香だったが、

「京香ちゃんはどうするの?」

と、ムガから声が掛かったので、雷二郎から視線を外す。そして、京香は、そのままの怖い顔でムガを睨み付ける、殺気を感じたムガは、

「あ、あ、京香ちゃんは、昔からずっと雷ちゃんのこと好きだもんね、ハイ分かりました!」

ジャガジャーン♪

「合格で~す!」

身に災いが及ばないうちに門番は、とっとと合格を宣言した。


「もう、始まってるよ!」

給水塔の横を駆けながら、二人の女生徒が、雷二郎たちの元へ急ぐ。ちょうど三人の女の子がムガを取り囲んで、吊し上げている。

「コレじゃあ振り出しじゃない!」「合格者水増ししてどうすんのよ!」「どこが恋の門番よ!」

雷二郎は、情けないことにフェンスに背中を張り付かせて、口を開けてその様子を見守ることしかできていないようだ。やがて三人のうちの誰かが、

「そうだわ。こんな門番なんか相手にしないで! 本人に聞けばいいんじゃないかしら!」

「そうよ。雷二郎。アンタどう思ってる訳!」

「センセイ、お導きを!」

今度は、三人に詰め寄られる役が、雷二郎にチェンジしたようだ。雷二郎は横にジリジリと移動して脱出の機会を図っているようだが、京香が回り込んで、そちら側を封鎖する。雷二郎は、これ以上ないほど、めまぐるしく視線を動かし、寿々葉、夏美、京香を交互に見やるが、声が出てこない。その時、ちょうど雷二郎の見知った顔の二人が、騒動が起こっている現場に到着する。雷二郎がそちらに視線を向けて、

「明日佳、何でお前がここに…。東高の制服? 何で。」

妹と一緒にやって来た風鈴の妹の方、野々葉が、

「あの、私の制服です。ムガくんに頼まれて。その、他校の制服だと入れないだろうからって…。でも、まさか、あの占いの娘さんが、門番さんの妹さんだなんて…。」

いつの間にか復活していたムガが、

ジャガジャーン♪

とギターを鳴らし、

「明日佳ちゃん。よかった! 間に合ったんだね。明日佳ちゃんも告白する?」

「し・ま・せ・ん! 何、そのお兄様が好き♡みたいに、恋の争奪戦に参加する、ラノベみたいな安易な妹設定は! わたくしが、今日、わざわざ、ここに来たのはですね。」

明日佳が雷二郎の隣に行って、雷二郎の手を取ると自分の腕と絡ませて腕を組む。

「お兄様にふさわしい、彼女さんかどうかを見極めるためです。ええ、そうですとも、わたくしが、真のガーディアンなの! さあ、皆さん! 審査を始めるわよ!」

「え~。」

と、不満を上げる三人の声が聞こえる。


その様子を、少し離れたところから見つめるムガが呟く。

「結局、お兄ちゃんが好き♡って設定から、外れてなくない?」

その場に座り込んでいるムガの横に、野々葉がやって来る。

「ムガさん、でも格好良かったですよ! ムガさんいつも雷二郎さんにお世話になってるから、恩返しをしてあげたかったんですよね?」

「あ、分かる? 野々葉ちゃん! そう、そうなんだよ。僕いつも雷ちゃんに世話になりっぱなしで…。」

「分かります。私も寿々葉お姉ちゃんに、いっぱいお世話になっちゃったな。特にここ最近…。」

野々葉も腰を下ろすと、

「楽しそうだなあ。ね、誰か審査に通ると思います?」

「どうだろうねえ。明日佳ちゃんも気が強いからなあ…。それにしても、あの雷ちゃんの顔。野々葉ちゃん、写真撮っておいてくれる? ボク今、携帯持ってないから。」

「あ、はい分かりました。」


パシャ!


三人の恋人候補と、一人の妹に囲まれた、雷二郎の引きつり顔の写真が出来上がる。一体、雷二郎の恋の行方はどうなるのであろう? もちろんムガと野々葉の恋の行方も♡







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