第30話 顔を洗って、寝直しに来る?
「家を出たくっても。あたしには、そんなチカラが無いんだよ! けっきょくイヤなのに、いやなのに! あの家で養ってもらうしかないんだ…。」
「風北…。お前は、家を出ることの大変さを知っている。それが、とても難しいってことも。それだけでも、普通の高校生として、立派だと思う。だがな…。」
雷二郎はここで、一度言葉を切ると、
「やりもしないうちに、諦めるのはよせ!」
(なぜ、こんな話になっているのだろう?)
ムガは、頑張って、原因を探ろうとしてみる。
(だめだ…、さっぱり分からない。確かボクの活躍で、夏美ちゃんに笑顔が戻り、そして、雷ちゃんは鼻の下を伸ばしながら夏美ちゃんと自転車の二人乗りで帰ってきて…。う~ん。どうして言い争いになってるのかな? 夏美ちゃんが帰りたくないって言って、雷ちゃんが帰った方がいいって言ったせいかな? でも、まあ、取りあえずケンカは止めないとね!)
「ねえねえ、二人とも! 顔洗って、寝直してきなよ?」
一瞬だけ、二人同時に、ムガの方へ顔を向けたが、またすぐに、
「風北、お前は、自立したいんだろ? やりもしないうちに、諦めるのはよせ!」
夏美が激しく首を振る。
「無理なものは無理!!!第三者が気楽なこと言わないで!」
雷二郎も真剣な表情で夏美を見つめている。
「そうだ。確かに今すぐには、無理かもしれない。でも…やれることはあるんだ。そうだな、まずは勉強だ。勉強を始めてみないか?」
「何を言ってるの竜神? 勉強を頑張れば、どうにかなるって言うの!」
雷二郎が首を振る。
「いや、違う。勉強は勉強でも、高校の勉強じゃあない。一人で暮らしていくための勉強だ。お前は、兄弟でもない男二人が、この家で一緒に暮らしてるって聞いて、どう思った?」
「そりゃあ、不思議だなって…。」
「じゃあ、これはどうだ? ムガは今、保護者が居ない状況だ。高校生の今なら話は別だが、これは小学校生の時からのことだ。普通なら、頼れる大人が居ない時点で福祉施設に預けられるところだ。でも、ここに居るのはなぜだ? どういうカラクリだと思う?」
「え、分からないよ。どうして?」
「だろ、お前には、まだまだ知らない世界があるってことさ。それなのに無理だ!ばっかり言ってる自分をどう思う?」
「…。」
「だから風北、これからお前がどう生きていけばよいか、一緒にここで考えてみないか? お前の知らない解決方法を、もしかしたら見つけられるんじゃないかと思う。どうだ、この家に来てみないか?」
「えっ? 家を出て…?」
「あ、いや。たまにってことだ。大人無しで暮らしていくってことが、どんなことか勉強したり、何だったら体験してみないか? オレとムガは、今そうやって暮らしている。自立するためのお金の出入りも、その方が分かるし、いつか家を出たいって思ったとき、きっと役に立つ。」
(いいねえ。雷ちゃん。ナイスなアイディアだよ! いっそ、夏美ちゃんもう家出ちゃいな!)
「夏美ちゃん! ぼくたちと同棲しよ!」
(あっ、声に出てた!)
「ど、同棲!?」
(やった! やっと、ボクの言葉に反応してくれた。同棲って言葉、インパクトあるなあ。)
「ちょっと黙ってろ、ムガ!」
(ひぇ~、雷ちゃんが、ちょっとムッとしてる。雷ちゃんには、同棲って言葉、刺激が強すぎるんだね。)
「風北、オレは小さい頃から家計のやりくりをしてきたから、教えられることはたくさんある。自分が無力だ、家が嫌いだ、そんなこと言ってるだけじゃあ、何も変わらない。」
「…。」
(うん、雷ちゃん、いいこと言うねえ!)
「夏美ちゃん。雷ちゃんに任せてみなよ。きっと自分のこと、少しずつ好きになっていけると思う。もったいないよ、せっかくの高校生活だよ。う~ん女の子と同棲か…、楽しみ、楽しみだな!」
「ムガっ!」
「え~っ、だって、夏美ちゃんかわいいしさ。同棲だよ同棲、よくあるよね。お風呂場の着替え中に、あ、ゴメンとかっていう展開とか。」
夏美ちゃんが、フフっと笑う。
「ムガくん。いいのよ。無理して私を笑わせようとしなくても…。それから、竜神、確かにあなたの言う通りだわ。少しずつでも変わりたいって、私、あなたたちを見ていて、すごく思っちゃった。私、決めたわ。あなたの言うように、ここに来て、独り立ちのための勉強始めることにする。どうか、よろしくお願いいたします。」
夏美ちゃんが、深くおじぎをする。
「いや、オレも後継者がほしいと思っていたところだ。もし慣れたら、ウチの家計簿手伝ってくれよ。」
「うん。そうなれるよう頑張るわ。それから竜神、あなたのこと雷二郎って呼んでもいい?」
「ん? それは、構わないが…。」
「ありがと! 雷二郎センセイ!!!それからあたしのことも夏美で!」
「え、風北、センセイってのが付いてるぞ?」
「も~センセイ、風北じゃなく夏美でしょ!」
ムガは、そんな二人のやり取りを見ながら嬉しそうにニコニコしている。そして、
「ふっふっふ、すべては、ム~ちゃんの計画通りだ! これで僕も憧れの…」
意味深な言葉を呟いていた。
結局、夏美は、明日また来るからという条件で家へ帰ることになった。タクシーに乗り込む夏美を見送った後、ムガが、
「夏美ちゃん。本当にここに居たがってたよ。お家の人とうまくいってないんでしょ。退院した今日ぐらい夏美ちゃんの言う通りにしてあげればよかったのに…。」
「まあな。でも、後々のことを考えると、今日は帰ってもらった方が都合がいい。」
「何で?」
「うちらは、夏美がボルダリングで落下したときに救急車を呼んだり、お見舞いをしたり、ご両親からはそんなに悪くない印象をもたれてる。と思う。」
「うん。そうだと思う。」
「だけど、これが、いきなり退院初日から男の家に泊まりに行ったとしたら、どうだろう? しかも、うちには大人が居ない。年頃の娘を預けるのには明らかに不適切だ。」
「まあねえ…。」
「今後、夏美がここに来やすいようにするためにも、向こうの両親の信用は無くさないようにした方がいいと思ってる。あと、もう一つ…。」
「もう一つ?」
「ああ、風呂場に鍵を付ける。何だか、よからぬ事を考えてる住人が居るからな。」
「えっ、そりゃないよう! 雷ちゃん、僕の夢!お風呂場でのダブルブッキングが!」
「うるさい! まじ、シャレにならんからな。いいか、ラノベと現実の区別が付かなくなったら、お終いだからな!」
「そ、そんなあ…。」
だが、その夜のムガは、お風呂場の鍵の一件などすっかり忘れて、上機嫌であった。何でも今日は、インスピレーションが冴え渡っているとかで、今日のムガは、晩ご飯が終わると、とっとと自分の部屋にこもり、作曲活動にご執心のようだ。一階で食器の後片付けをしながら、二階のムガの部屋から聞こえる曲に雷二郎が耳を傾ける。
スズハ~ ナツミ~ キョウカ~ みんなボクの手の内さ♪
何にも知らないのは 雷ちゃんだけ~♪
「何だムガの歌は? 知ってる娘の名前を並べてるだけじゃないのか?」
洗い終わったお皿を拭きながら、雷二郎が所々聞こえてくる歌詞の内容に感想を述べる。ギターの音が邪魔で、歌詞は、ところどころしか聴き取れない。
「あっ、明日佳ちゃんを忘れるところだった。明日佳ちゃんも入れとこ。」
再び、曲が始まったようだ。
スズハ~ ナツミ~ キョウカ~ アスカ~ みんなボクの手の内さ♪
何にも知らないのは 雷ちゃんだけ~♪
ボクは~ ボクは~ 鉄壁の~♪
一階から声が掛かる、
「おーい、ムガ、リンゴ向いたから食べに来ないか?」
ムガは、ギターを弾く手を止め、
「はいは~い。今行きま~す!」
ムガが二階から下りてきて、リンゴを頬張る。雷二郎もリンゴにフォークを刺しながら、
「ムガ、何だか聞こえてくる歌詞、女の子の名前ばっかりじゃないか?」
「あ、聞こえてた~? そうなんだよ。歌詞の半分ぐらいはそう。」
「変わった曲だな。曲のタイトルは、何て言うんだ?」
「ええとね。ガーディアンの詩 だよ!」
「ガーディアンの詩? う~ん。いつもながらに、お前の考えてることはイマイチ分からん。」
ムガの目が怪しく光る。雷二郎に向かって、心の中で呟く。
(心配しなくても、すぐに分かるようになるさ、雷ちゃん♥️)
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