第29話 再生(生まれ変わるの意味の方だよ)

「そういう訳で、私は、あんたたちの家に酷いことをした家の人間なんだ…。」

夏美は視線を下げながら、そう告げた。

「夏美ちゃん…。」

普段は、ほとんどのことに動じないムガも、夏美の父親が、あの借金返済を迫る張り紙や取り立てを行っていた人物と知って、言葉を継ぐことができずにいた。一方の雷二郎も、夏美の予想外の告白に、頭の中の整理が付かないでいた。まさか、あの取り立てを行っていた連中が、夏美の父親だなんて…。

 沈黙する部屋で、夏美が自分の荷物を集め始める。両手にそれを抱え終わると、二人に深々と礼をする。謝罪の意味なのだろう。体を起こすと、

「ムガくん。私にこんなこと言われても嬉しくないだろうけど…。雷二郎くんみたいなお友達が君に居てよかった。それから、君の元気な姿を見ることが出来て、ほんとうに良かった…。」

夏美は、部屋の入り口まで進み、振り返ると、

「じゃあ、わたしはこれで…。短い間だったけど、楽しかったよ。それからすぐに、このこと言えなくてごめんね。さよなら…。」

バタンッ!

玄関の扉が閉まる音が聞こえる。


「雷ちゃん? ボクが間違ってるか教えて…。 ボクね、夏美ちゃんは、何にも悪くないんじゃないかって思うんだけど…。やっぱり、僕らが夏美ちゃんと仲良くするのは駄目なこと?」

ムガの目から涙が溢れている…。

「夏海ちゃんは、きっといっぱい苦しんだんだよね! それって僕らとおんなじじゃないの? ねえ雷ちゃん! 答えてよ!雷ちゃん!」

感情的になっているムガが、雷二郎の胸ぐらを掴む。雷二郎は視線を逸らし、

「オレだって、分かってるよ。風北が悪いんじゃない。風北の父親が悪いんだって。でもな…。じゃあ、俺たちの今までの苦労は…。その怒りは誰にぶつければいいんだよ! もし、夏美を認めてしまったら、もう夏美の父親に怒りをぶつけるなんてできなくなっちまう。」

「いいよ! 誰かに怒りなんか、ぶつけなくても! 雷ちゃん! 夏美ちゃんに怒りをぶつければ、何かが変わるの?」

雷二郎の服を掴んでいた手をムガは放す。そして、

「怒りを誰かにぶつけると、自分にきっと、それが、跳ね返ってくるような気がする…。夏美ちゃんを傷つけた分、自分も傷つくんだ。」

ムガは玄関の方へ向かいながら、振り向いて、雷二郎に手を差し伸べる。

「雷ちゃん…。一緒に行こっ! 夏美ちゃんを迎えに行こっ!」

「ムガ…。お前が正しい…。そう、お前が…。」

そして、雷二郎がムガの手を取る。ムガが頷く。

「行こう!」「行くか!」


 夏美の家までは、かなりの距離がある。だが、辿り着かなくてもいい気がしていた。疲れたらそこで休み、もし夜になったとしても、それはそれで…。

 両親とは、もうずっと距離感が分からなくなっている。自分が望んだことであり、寂しさを感じたことはない。むしろ、それでも養ってもらわなければならない自分という存在が、許せない。いつも夏美の結論は、そこに辿り着いた。

「自立したい…。」

そう呟いて、街路樹の端の木の下に荷物を置いて、木に寄り掛かる。夏美は、両手に一杯の荷物で、かなり疲労していた。入院していたせいもあるだろう。体力が落ちている実感もある。このままここで寝てしまおうか…そんなことを考えていたとき、

「夏美ちゃ~ん!」

ムガの声が聞こえる、自転車に乗っている彼は、思ったよりも早く近づいてきて、あっという間に夏美の前に辿り着く。

「疲れちゃった~? 荷物自転車に載せるよ?」

そう言って、自転車から降りると、夏美が脇に置いていた荷物を自転車のかごに入れはじめる。夏美がそれを断る暇も無く。ところが、荷物が全部入り切りそうにないので、ムガは、困った風な顔をして後ろを振り向く。そして、

「雷ちゃん早く来ないかなあ。」

とブツブツ言っている。

「ムガくん。どうして? 私きちんとお話ししたよね。私のお父さんは君の家に酷いことしたって…。」

「あれえ? でも、夏美ちゃん、お父さんをバッサリやっつけたって聞いたよ?」

「はい???」

「何でも、カッターナイフで、成敗!って感じで。」

「そ、それはそうだけど、えっ!知ってたの? いやそれに成敗って!そんな感じじゃないし。」

「そお? ボクが見てたアニメの主人公も、剣使ってて、やっつけるときそう言ってたよ。でも、さすがに剣は手に入んないもんね。あっ、刀だった気がしてきた。夏美ちゃんは、カッターナイフかあ、夏美ちゃんって結構凄いね。」

「いや、だから、そういう問題じゃなく、ムガくん、私は、その、やっつけるとかそういうのじゃなくて。」

「あ、来た来た! 雷ちゃ~ん! こっち、こっち。ボクの勘の方が合ってたね。」

雷二郎の乗る自転車が、ようやく辿り着く。どうやら二手に分かれて探していたらしい。

「ああ、こっちの通りだったか。見つかって良かった。風北、さっきはすまん。何の言葉も掛けてやれず。」

「う、うん。でも、それは…。」

「雷ちゃん、今ボク夏美ちゃんを褒めてたとこ、雷ちゃんも褒めてあげて、あと、ハイ、荷物入んなかったから、これ入れて。」

荷物をかごに入れながら、雷二郎が、

「んで、何を褒めるんだムガ?」

「だから、夏美ちゃんが僕たちのためにお父さんをやっつけたこと。」

「ハイ? 何を言ってるのか分からんぞ?」

「だ~か~ら! この前、雷ちゃんが教えてくれたでしょ! 夏美ちゃんが、お父さんをカッターナイフで切りつけたって!」

「お、おまっ! それ、風北に言ったのか!」

「うん、そうだよ。僕たちの代わりに成敗してくれたんだよ。褒めてあげなきゃ!」

雷二郎が夏美の顔を見て

「すまん…。こいつ、デリカシーが欠乏しているようだ…。いや空っぽなのかもしれない…。」

雷二郎は、ムガの方に向き直り、

「おい、お前、なんちゅー話題をしているんだ、風北の前で! そんな過去の出来事、思い出したくもないだろ!」

だが、ムガは聞いていない。

「ほら、あれ、ここまで出掛かってるんだけど、あの青い服着たおサムライさんたちが成敗って言って敵をやっつけるアニメ、アレ何て言ったっけ? 雷ちゃんも見てたよ!」

夏美が笑い出した。

「ハハハハッ、ハハハハッ、ごめん、わたしが笑っちゃイケないんだって、分かってるけど、ハハハハ。」

ひとしきり笑い終えた後、夏美は、

「まさか、あの事件のこと、そんな風に捉える人がいるなんて! 思いも付かなくて…。」

「えへん!」

ムガが胸を張っている。雷二郎も、もはや掛ける言葉は無いと諦め、

「とりあえず風北、また、うちに来ないか? もう昔のことはいい、気にするな。お節介かもしれないが、単純にお前と仲良くなりたいんだ。まだ体力も無いんじゃないか?」

「そうそう、昔っからね。雷ちゃんはね、すらっとした背の高い女の子が、大好きなの!夏美ちゃんみたいな!」

「え、え」

夏美がどう返答したらよいか、困っている。

「風北、こいつの言うことは気にせんでくれ。」

ぎりぎり雷二郎のキックが届いた。ムガのスネ辺りに…。痛っ!ムガが呻いている。

「後ろ乗るか?」

「えっ、いいの?」

雷二郎が、夏美の手を取って荷台の方へ案内する。夏美が荷台に腰掛け、自分の腰に手を回すのを確認すると、

「よし、帰ろう。」

そう言って自転車をスタートさせた。ムガは、まだスネをさすっていたが、雷二郎たちが出発したので、急いで自転車に跨がる。雷二郎たちは、二人乗りなので、それ程スピードは出していないので、すぐ追いつけそうだ。ペダルを一生懸命こぎながら、ムガが呟く。

「ほら、やっぱり、雷ちゃん、すらっとした背の高い女の子が好きじゃないか! もう!」

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