第4話 鉄壁のガーディアン
数日後、昼休みに友達とご飯を食べているときに、姉からメッセージが入った。スマホの使用は、東高では授業中はもちろん禁止であったが、休み時間などにそれをいじることは禁止されていなかった。ただ、通話は控えるというのが暗黙の了解で、その場にいない友達とのやりとりは、メッセージアプリが中心であった。姉からのメッセージは、
「本日、ムガくんへの告白者あり。放課後教室まで来たれり。」
お姉ちゃんノリノリだな。告白者って何よ。そんな言葉あった? それより、やっぱりムガくんは、モテるんだ…。どうしよう、今日告白する娘がムガくんとくっついちゃったら…。その告白者がどんな娘なのか見当も付かない野々葉は、どうしても嫌な想像をしてしまう。
しっかりしろ!野々葉!こんな時は、スニッカーズ文庫の数々の告白シーンを思い出すんだ。そうだよ。屋上での女生徒の告白は、だいたい失敗に終わってるよ。っていうか、イケメンの方から告白するパターンが圧倒的。だからきっと大丈夫。今日の告白はうまくかないし。うん、うまくいくはずがない。どこの誰だか知らないけど、だまって失敗しろ!!!
午後の授業は、ほとんど手に付かなかった。しかも帰り際に、友達に何かげっそりしてるよ!って言われちゃった…。確かにあのあとお昼ご飯が手に付かず残しちゃったからな…。さてA組まで行かなきゃ。
わたしは、支度もそこそこに、姉のいる1年A組へと向かった。教室に入るまでもなく姉は廊下で待ち構えていて、
「行くよ! 野々ちゃん。急いでっ!」
とわたしの手を引いて階段を上り出す。上の階は上級生の教室なので、ほとんど行ったことがない。下級生が行っても大丈夫なのかな? などと考えながらも姉に付いて行く。姉は2F、そして3Fも通り越し、やがて4Fの上にある階段までも上りだした。
「ちょっとお姉ちゃん。屋上に行くつもり? あそこは行っちゃ駄目って言われてなかった?」
ずんずん進んでいく姉は振り返らずに、
「大丈夫。放課後は、天文部が使うから開いてるんだって!」
「天文部? 部員以外も行ってもいいの?」
「それも大丈夫。天文部の部長は、気弱な伊藤くんっていう三年生らしいの。誰が来ても、何にも言わないんだって。」
そんな裏情報があったのか…。お姉ちゃんは、いつの間に学校のこと、こんなに詳しくなったんだろう。屋上の入り口が見えてきた。確かにドアは開けっ放しだ。屋上に出ると、さっきまで急ぎ足だった姉は、歩みを忍び足に変更させる。屋上には貯水塔がいくつかあるのだが、その一つの陰に潜り込むと、わたしに来るように合図をしてくる。
貯水タンクの切れ間から、ムガくんともう一人、人相の悪い金髪の男の子、そしてそれに向き合う髪の長い女の子が見える。ちなみに自分たちの後ろ30mぐらいの位置には、いくつかの天体望遠鏡と簡易のテントが見える。おそらくそれらは、天文部のものなのだろう。そして部員と思われる数人が、覗き見をしている私たち姉妹を指差しながら何か言っている。でも、不思議と今日は、そんなものは耳に入らない。だって目の前にある男の子のことが、私にとって、とってもとっても重大なことだから。
「で、神崎さんだったっけ? ムガのどこが好きなんだよ。」
今しゃべったアレが門番だよっ、と姉が耳打ちしてくる。そうか、あの金髪の怖そうな男の人が…。確かに番犬という言葉、当てはまるかも。そんなことを考えながら見ていると、女生徒がムガの好きなところを答えた。
「全部よ。顔もイケメンなところも、綺麗な瞳も・・・。」
何だか全部、外見のことばかりのような? それに、顔=イケメン、被ってない? そんな野々葉の疑問に答えるかのように金髪の男が女生徒に、
「何だよ!全部って言ったって、それ、見た目のことばかりじゃねえか! ムガのどこ見てんだよ!」
「いいじゃないの! その…、その他のところは、お付き合いしてから知っていけばいいことなんだから!」
はぁ~と、これ見よがしに大きなため息を吐いた金髪の男は、
「だから、さっきも言ったろ。お前は俺の審査を通過しなければ、ムガと付き合うことは永遠に出来ないんだって。」
「そんなの、あなたが決めることじゃない!」
いつものことなのだろう。金髪の男がムガくんに目配せするだけで、ムガくんが、
「ごめんね神崎さん。ボクの彼女になる人を、雷ちゃんが見極めてくれてるんだ。だから、審査を受けてくれないかな?」
言われた女生徒と、ほぼ同時に私も思わず呟く。
「審査…。」
女生徒は、しばし悩んだそぶりを見せたが、
「分かったわ。ムガくんがそう言うならそうする。」
「オーケー、じゃあ、まずは結婚の意思を確認させてくれ。」
「け、結婚!? どうしていきなり結婚の話なんか! わたしは、ただムガくんとお付き合いしたいだけ! 結婚なんか。」
「結婚なんか、考えたことも無い。そうだな?」
金髪の男が確認する。
「ええ、そうよ。だって、私たちまだ高校生じゃない!」
金髪は返答せずに、手元のメモ帳に何かを書き込んでいる。隣の姉がわたしのほっぺたをちょんちょんと指で小突いてにっこりと微笑んできた。
「大丈夫だよ。D組の時屋さんって娘に頼めば、門番が出題する審査の想定問題集を売ってくれるんだって。審査の一番最初に結婚の意思を聞いてくるのは、ムガくんを狙っているムガラーの間では、有名な話よ。」
ムガラー? 何だそりゃ? それに想定問題集って…。
姉とやり取りをしているうちに、審査はどんどん進んでいるようだ。
「今年、お年玉を3万5千円貰ったとする。その使い道は?」
「ムガくんと、※デジャニーランドに行くわ、フルスピードパスを二人分買って、ムガくんといろんな乗り物に乗るの♡ わたしね、デジャラーなの。年に何回も行くんだけど、やっぱり男の子と行けたら最高じゃん!」
※デジャニーランド・・・商標や著作権にうるさい外資系企業が作った大型観光スポット、東野市から日帰りで行くのは難しい。
金髪の男は、パタンとメモ帳らしきものを閉じると、
「残念だが、不合格だ。シュミレーション上、家計が破綻する可能性が極めて高い。」
「家計って、あの家計?」
「ああ、火で炙る方の火刑じゃないからな。悪いけど、顔を洗って出」
「寝直してね♡」
少し離れたところにいるムガくんが、金髪の男に被せて何か言う。すごく場違いなことを言ったような気が…。
まだ納得がいかないような顔をしていた女生徒だが、その後は、ムガくんが金髪の男とばかり会話をするので、諦めてとぼとぼと立ち去る。ではなく!出口はこっちだから私たちの方へやって来る。
「どうする? お姉ちゃん。ダッシュして戻る?」
ところが姉は、何を思ったか、私の手を引いて、構わずその女生徒の脇を通り過ぎると、ムガくんと金髪の男の方へつかつかと歩いて行く。会話をしていたムガくんと金髪がこちらを向く。
「ムガくん。この娘は、私の妹の野々葉。この前、傘に入れてくれたそうで。ありがとね。」
「いいよ、いいよ。困ったときはお互い様だから。そっかあ。野々葉さんって名前だったんだね。風鈴さんの妹だなとは思ってたんだけど。」
(えっ! お姉ちゃんと間違ってた訳じゃないんだ!)
ついつい嬉しくて口元が緩む。が、金髪の男がじっと私を睨んでいる。なぜ?
「風鈴野々葉…。お前まさか、傘に入れて貰っただけで、ムガに惚れたんじゃないだろうな?」
(ひえっ、鋭い! 図星です!)
金髪が続ける。
「いいか。ムガは、とてつもなく広い心を持ってる。しかも、誰にでも親切だ。言っている意味が分かるな? 誰にでも、だ。」
「はい、何となく…。」
「だったらいい。俺の仕事を増やすなよ。」
(何、この人、おっかないよ。ヤダよぅ)
「雷二郎くん。私の妹を怖がらせないでくれる? 仕事が減ろうが増えようが、門番の仕事をきちんとやる! それがムガくんのためなんじゃないの!」
(えっ? お姉ちゃんって、こんな男の人にきっぱりモノを言える人だったっけ?)
「ぬ、そうだな。すまなかった。つい、ムガにふさわしい娘が、なかなか出てこないもんだからイライラしちまって…。」
金髪が頭を搔いてお姉ちゃんに謝ってる! この人、もしかして悪い人じゃないのかも?
「まあまあ、雷ちゃんも風鈴さんも。それより天文部のみんながこっち見てるし、そろそろ帰らない?」
ムガくんが、場を取りなす。素敵♡。
その後、四人は連れ立って階段を下り、校門を出たところで二組に別れた。駅への道すがら、野々葉は姉に尋ねる。
「お姉ちゃん高校に入って変わったね? 男の人、しかもあんな怖そうな人に堂々と言いたいこと言うなんて…。」
「そうかな? でも、野々ちゃんが言ったんだよ。高校に入るとき…。」
「え!?」
「私たち一緒にいたら、依存し合っちゃうから、学校では、出来るだけ離ればなれで生活しようって。そしたらお互いもっと強くなれるかもって。」
確かにそうだった。登校も別々にしようとか、全部私が言い出したことだ。
「わたし頑張ったんだ。最初はいろいろ不安で、野々ちゃんのところに行きたくて行きたくて…。でも、勇気を出していろんな人とお話ししてたら、自然とムガくんや竜神くんとも話せるようになったんだ。」
「すごいな、お姉ちゃんは…。わたしも頑張らなくちゃいけないな…。」
俯いている私のほっぺたを、またお姉ちゃんが軽くちょんちょんと押す。
「大丈夫!野々ちゃんだって頑張れるよ。それに、きっとムガくんの彼女になれる!」
ただ…。姉はそう呟くと、一度空を見上げて何か考え、それから私の方を向き、
「雷二郎くんの審査を通らないとね…。」
「よお。京香! 待たせたか?」
「ん、私も今来たとこ。」
二人とも自転車に跨がったままで会話をしている。ここは、ムガの家の近くにある児童公園の前で、この二人も、ここからそう遠くないところに住んでいる。つまり、小学校の学区が同じであり、この二人と、それからムガは古くからの付き合いである。俗に言う幼なじみというやつだ。
「めずらしいね雷二郎。節約志向のアンタが、私の情報を欲しがるなんて。」
「まあな。でも、ムガに相応しい彼女が見つかるなら、それに越したことはないだろう? せっかくの高校生活なんだし。」
「おやまあ、ここに矛盾という言葉を知らないお兄さんがいるよ! アンタの審査が厳しいからでしょ! ムガくんに彼女が出来ないのは。」
「ふん、悪いが妥協は出来ない。それより、調べてほしいのは、風鈴野々葉ってJ組の娘だ。」
「確か双子の娘じゃなかった? それにしても、久々にガーディアンさんのお眼鏡に適う娘が出てきたってことかな?」
「だといいんだが…。実は姉の方は、結構しっかり者で。多分合格ラインだと思う。」
京香は、口をオーの字にして驚きを表現している。
「ドウシチャッタノ雷二郎、キョウノアナタ、チョットオカシイヨ!」
京香が、ロボットのような口調で話し出したので、
「おい、やめろよ。ただ、どうも姉の方は、ムガに興味がなさそうで…。それで、妹の方もしっかり者ならいいなって…。こっちはムガに惚れている、おそらく。」
「へぇ~。ま、長年ムガの門番をやってるアンタが言うんだから、そうなんだろうね。分かったわ、情報集めてみる。報酬はいつもと同じね。」
「ああ。」
夕日で辺りは、かなりオレンジ色に染まっている。雷二郎の顔も。
「雷二郎、今日もムガくんのとこ行くの?」
「ああ。」
「あんたも、ムガのことばっかり気にして、せっかくの高校生活楽しめなかったら、意味ないんだからね!」
ビシッ!と人差し指で、京香が雷二郎の鼻先を指差す。
「ん? 俺のことはいいさ。」
「そう…。じゃあ雷二郎、また!」
そう言って、京香は自転車をスタートさせると、あっという間に角を曲がり、見えなくなる。雷二郎もペダルに足を乗せ、行くかと呟くと自転車をスタートさせた。
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