第14話 イベントが発生しそうな双子姉妹③

雷二郎が、素早く振り向く。そして、じっと後方を確認している。

「どうしたの、雷ちゃん?」

「いや、気のせいか…。」

「それより、今日の放課後も、恋の門番の審査があるんでしょ。どんな娘かなあ?」

雷二郎はポケットからメモ帳を取り出すと。任意のページまで進める。

「え~と、1年E組のカサンドラって娘のようだ。」

「えっ、カサンドラちゃんって名前なの? つ、ついに僕たちの前にもブロンド美少女が登場するんだね? ね、ねえ雷ちゃん。ちょっとオマケしてあげてよ♡」

雷二郎は、はぁ~とため息をつくと、

「お前、入学してから、俺以外に髪が金色のやつ見たことがあるか?」

「え~と、上の学年にはチラホラ、あ、波越先輩だっけ、あの人も金色だね。最初の週にいきなり雷ちゃんに絡んできた。そうそう、そういえば、あのとき大丈夫だったの? 校舎裏かなんかに呼び出されてなかった…?」

「ああ、ここは良くも悪くも普通の学校だからな。ナリはあんなでも、そこまで身を持ち崩しているような不良やってる学生はいないんだ。波越先輩もオレが、両親が離婚してて母はおらず、父は愛人と東京で暮らしていて一人ぼっちなんですって言ったら、頑張れよ!って励ましてくれたよ。悪い人じゃないぞ。」

そこで話が逸れたことに気付いた雷二郎が、

「つまり、カサンドラって娘は、ブロンドじゃあない。ついでに言えばクォーターよりもっと日本人の血が濃くて、ハーフクォーターつったかな。見た目は周りと変わんないよ。それに、仮に髪がブロンドだからって審査が甘くなるなんてことは絶対に無いからな。」

と、そこまで言って、また、さっと後ろを振り向く。特に廊下の切れ目、階段への曲がり角の辺りを凝視している。

「ほんとに、どうしたの、雷ちゃん? さっきっから後ろばっかり気にしてない?」

「ああ。何かつけられてるような気がするんだよな…。」

ムガが、なぜかニコニコする。

「今のいいねえ。刑事ドラマみたい! 雷ちゃん刑事ごっこしようよ!」

「…いや、しない。」


(あぶない、あぶない。雷二郎くん鋭いな…。)

先程、来二郎が凝視していた、階段付近の曲がり角で、安堵の息をついた寿々葉は、用心しながら、半分だけ、顔を長い廊下側へ出す。かなり遠くを歩いている雷二郎とムガの背中が見える。

 寿々葉は、今日は朝からずっと雷二郎をつけている。昨日の夜、野々葉から、雷二郎くんの役をやってくれないか?と頼まれた寿々葉は、なぜか使命感に燃え、雷二郎そっくりに演じることが、妹のためになると思い込んでしまったのだ。元々真面目な性格故に、一度火がつくと手を抜くことが出来ない。朝から雷二郎の言葉遣いや仕草を覚えようと、ずっと後をつけているのだ。

 そして、現時点で、そこそこ雷二郎のマネが出来るようになっていた。例えば、両手を開いて、はぁ~とため息をつく仕草。ポケットからメモ帳を取り出してパラパラめくる仕草。習得した雷二郎のモノ真似スキルは、なかなかの域に達している。それでも寿々葉本人は、まだ納得していなかった。

「最後の仕上げね…。カサンドラさんの告白を見に行かなきゃ…。」



――― 放課後の屋上


「ハロー!」

カサンドラがやって来て、雷二郎に話し掛けはじめる。

「噂は聞いてるよ、ユーが、ミスタームガのガーディアンね!」

わざとらしい英単語を、ところどころ会話に挟んでくるカサンドラを雷二郎は鋭い目つきで睨んでいる。

「早速、審査をはじめるぞ。」


給水塔の陰で、寿々葉が一言一句間違わないように雷二郎の台詞を模倣する。

「早速、審査をはじめるぞ。」

その後も、寿々葉の鍛錬は続く、

「がーっ、違う違う。お前はアレか? 本当にムガと付き合いたいと思ってんのか?」

(あっ♡ 今の結構似てたな。コホン、本当にムガと付き合いたいと思ってんのか? うまく出来た!)

そんな調子で、寿々葉は雷二郎の言葉をどんどんなぞっていく。どうやら今日も門番のお眼鏡に適う娘ではなかったようだ。そろそろ審査終了の例の言葉が出てくるはずだ。来た!

「お、お前は不合格だ! 顔を洗って出」

「寝直しな♡」

(ムガくんが、雷二郎くんの台詞を何だか変な言葉に代えちゃった…。)


「サノバ●ッチ! ユーマストゥ ダイ! 雷二郎!」

口汚い言葉で雷二郎を罵りながら去って行く女生徒。指のポーズはアレだ、中指を立てて裏返す、欧米人には、絶対やってはいけないヤツを雷二郎に見せつけている。やがて、その女生徒が西階段方面に居なくなると、ほどなくして、二人の男子は、こちらの給水塔の方へ足を向け始めた。ヤバッ! 慎重に雷二郎たちが進むのに合わせて、給水塔の陰を時計回りに移動して、やりすごす。二人が階段に消えると、給水塔に張り付いていた寿々葉は、ふぅ~と言って給水塔から離れる。そして寿々葉は、もう一度最後の決め台詞の練習をする。

「お、お前は不合格だ! 寿々葉! だけど、オレの恋人には合格だ!」

相当妄想が入った台詞を雷二郎の口調で言い終わると、何とも言えない高揚した気分になる。

(あらヤダ、私ったら、はしたない。でも、もう一回だけ!)

「お、お前は不合格だ! 寿々葉! だけど、オレの恋人には」

「お姉ちゃん、何やってるの?」

「は、は、ハイっ???」

寿々葉が振り向くと、妹の野々葉が不思議そうな顔で自分を見つめている。

「えっ。え…。野々ちゃん…。どこから見ていた?」

顔を引きつらせながら寿々葉が尋ねる。

「ん? 何のこと。お姉ちゃんが前方を指差して、お前は何チャラ!とかやってたとこは見えたけど。」

寿々葉は、先程より大きな安堵の息をつく。ふぅ~。

「で、何それ? 何かのお芝居の練習?」

「え、あの、ちょっとね…。それより、どうしてここに居るって分かったの?」

「うん。A組の教室に行ってお姉ちゃんを探していたら、門番さんが教えてくれたの。お前の姉なら給水塔の辺りにいたぞって。」

「!!!!!」

(えっ、バレてたの?)

「あと、その門番さんからお願いされちゃった。姉に会うなら聞いておいてくれって。」

「えっ、え、何をかな?」

「今日、ずっとムガの後をつけてなかったかって? そんなわけないよね。お姉ちゃんが、そんなストーカーみたいなこと。わたし言っておいたから。お姉ちゃんは、そんなストーカーみたいなことしません!って。」

「ハ、ハハ、ありがと…。野々ちゃん。」

(ど、どうしよう…。もし私が雷二郎くんの後をつけてたって知ったら、雷二郎くん私のこと嫌いになるかな…。でも、雷二郎くんはムガくんの後をつけてたって思ってるのか…。)

「お姉ちゃ~ん、お姉ちゃ~ん? どうしたの? ぼーっとして。」

「はっ、イヤ、ごめん。」

「ねえ、お姉ちゃん、ついでだからここで、審査の模擬テストやっちゃわない? ムガくんの審査の場所は、屋上だって聞いたし、お姉ちゃん手伝ってくれるって言ってたよね?」

「そ、そうだね。じゃあ、やろうっか。場所はもうちょっと向こうの方。」

「お願いします。お姉ちゃん!」

寿々葉の方は準備万端だ、何てったって、先程までリアルに審査の雷二郎の立ち振る舞いを目にしていたからだ。野々葉に向かって、生き生きと審査の開始を宣言する。

「早速審査を始めるぞ、野々葉!」



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