第22話 その日
「ここかあ。」
確かにこのジムは、もう閉めてしまったのだろう。自転車を止めた二人は、掃除のされていないオリンポスBGと書かれた看板をあらためて見上げる。背中にギターバッグを背負ってるムガが、少し屈みながら、ジムのドアをくぐる。
「こんにちわ~。誰かいますか? 夏美ちゃ~ん!」
「入ってぇ。」
何だか、すごく高い位置から、声が聞こえてくる。雷二郎もドアをくぐる。入ってから一度入り口の方を振り向いた雷二郎は、扉の上の辺りに、火元責任者 風北時政という文字を目にした。前に夏美が言ったように、ここは風北の父親が管理しているのだろうと雷二郎は推測した。
「うわぁ凄いね、夏美ちゃん。そんな高いところまで!!」
天井の高い広い室内の一部分に設えられたボルダリングのコースには、様々な色のホールドと呼ばれる、足や手を置いたり掴んだりするものでビッシリと埋められている。天井に手が届きそうなぐらい高い位置にいた夏美が、
「ちょっと待ってて、今降りるから。」
そう言いながら、降り始める。肩を露出させたタンクトップのようなユニフォームにショートパンツといった姿の夏美の手足はスラリと長く、器用にホールドを辿って、ホイホイっといった感じで地上に近づいてくる。地上まで後少しというところまで来ると、よっ!と言って、マットに着地する。
「おはようムガくん、それから、竜神!」
スポーツをしている姿を見たせいだろうか? それともウェアの印象のせいだろうか? 二人には、いつも夕方にムガの家の前で会う制服姿の彼女とは、まるで別人のように見えた。
「二人とも初めてなんだよね。最初は何にも気にせずに、取りあえず、このコース登ってみなよ。」
先程夏美が登っていたコースの半分ぐらいの高さで、特にせり出している部分もない平面のコースを指差している。おそらく初心者用のコースなのだろう。
「こんなの簡単だよ。ね、雷ちゃん?」
ギターを背中から下ろしながら、ムガが夏美に答える。
「そのギターどうしたの?」
当然のように目立つ荷物について、夏美が尋ねてくる。
「ああ、午後にね、風鈴ちゃんたちの誕生日だから、そのお祝いに演奏しようと思って。」
「へぇ~お誕生日会ってやつ? 青春してるね!」
「そうだよ! 青春だよ!」
ムガが激しく同意している。ふと、夏美の履いている靴が、この競技用のものだと気付いたムガは、
「僕たち、普通のスポーツシューズだけど、特に問題ないかな?」
「大会とかに出るわけじゃないから、そんなに細かいところまで気にしなくていいよ。私も最初の頃は、そんな感じの普通の靴でやってた。」
夏美の表情は明るく、やはり別人のようだ。雷二郎も動き出し、早くも取りかかろうとしているムガの隣までやって来る。
「あっ!竜神! そこのコースは広いから別に何人でやってもいいんだけど、隣とあまり近いと、落ちた時に交錯したり、ぶつかったり危ないから、もうちょい右側使ってみて!」
「了解だ。」
雷二郎は、そう言ってスタート位置を右側にする。ムガがスタートしたのを確認して、雷二郎も始める。カラフルで色々な大きさの取っ掛かりがたくさんあるので、ムガの言ったようになんなく登ることが出来る。簡単だ。そして楽しい!ムガとほぼ同時に一番上まで辿り着いた雷二郎が夏美に尋ねる。
「何かもっと難しいのかと思っていたけど…。」
「うん。もちろんそうだよ。まずは降りておいで! 説明してあげる。あと、乱暴に飛び降りるクセだけはつけないで! 男子は、どうしても途中でジャンプしちゃう子が多いから。降りるのも大事な練習なんだ!」
言われた通りに、最後まで取っ掛かりを使って降りてきた二人に、
「見た目どおり運動できそうだね。二人とも!」
「まあねえ。雷ちゃんなんてエースだったしね。」
「エース?」
夏美の顔に、はてなマークが浮かぶ。
「おい、ムガ、いつの話をしてるんだ…。風北、小学校の頃の話だ。それより、もっと難しいって言ってたよな?」
「うん。実は、その足を置いたり、手で掴んだりするところがあるでしょ。ホールドって言うんだけど。カラフルに見えるけど、これ色に意味があるんだ。」
ムガと雷二郎はボードに無数に配置されている色とりどりのホールドに目をやる。
「そうなんだ。てっきり華やかな雰囲気にするために、そうしてるのかと思った!」
ムガが感想を述べる。雷二郎は、顎に手をやっていたが、
「もしかして、同じ色のホールドしか使っちゃあいけないとか?」
夏美が、おっ!と言って雷二郎を指差すと、
「さっすが竜神!鋭いね。正解だよ。黄色なら黄色だけ使って登るんだ。やってみれば分かると思うけど、色によって難易度が違うんだ。」
「なる程な…。」
雷二郎は、今度は色によって、という視点でボードを眺める。
「オレンジ、いや黄緑が難しそうだな…。」
何気なく呟いた雷二郎の言葉に夏美が反応する。
「竜神!凄いね!あんたホントに初心者? 黄緑が一番難しい。今あんたがやってるみたいに、登る前に配列を考えるんだ。うまくなれば成る程、試合前のコース取り考えるのが大事になってくる。」
雷二郎ではなく、ムガが先程同様自慢する。
「そうだよ!雷ちゃんは頭もいいんだよ!中学ん時は5番から成績落ちたことないからね!」
「そうなの!凄いけど…なんでうちの高校なの? だったら…。」
「オイオイ風北、今日はオレの進路指導か? そうじゃないだろ、もっと教えてくれよボルダリング!」
「ああ、そうだね。じゃあこっちやってみる? こっちは命綱付けるよ。私はもう要らないけど、最初はあった方がいいから。」
ホールドの数は明らかに少なく、その間隔も広い。そして何よりも、平面ではなく、手前側にせり出した場所がある。
「こっちは制限時間内に何番のホールドまで行けるかで競うんだ。ムガくんと竜神で勝負してみない? 二人とも初めてなんだから条件は互角だし。」
「いいねえ。雷ちゃんやろうよ!」
その後、二人で交代交代で三回ずつ挑戦し、最高で雷二郎が7と書かれている数字まで到達した。
「夏美ちゃんは20って書かれてる数字まで行けるの? すっごい高いとこまであるけど。」
今は、夏美が登り始めている。
「そうねえ。だいたい行けるかな。毎日来てたから、もう体が覚えちゃってるっていうか。でも学校帰りは制服でやってるから、そこまで無理しないかな…。」
「制服で? あんな短いスカートでやったらお客さん、みんな夏美ちゃんの下に集まっちゃうんじゃ。僕も月曜に来ていい?」
「フフ、ムガくんのエッチ…。お客さんなんかいないよ。だってココは閉店してて、次の買い手が見つかるまでの間しか使えないから。それに、次も必ずボルダリングジムになるかは分からないよ。」
夏美が命綱無しで、すでに11 番のホールドを越えた。ムガがスゴイすご~い!と、拍手をしている。
「そう言えば、さっき竜神が小学校の頃、何かのスポーツでエースだったって。」
「そうだよ。雷ちゃんは、エースで四番、東野のリトルリーグでは知らない人はいないって感じだったよ。しかも先輩を差し置いて五年生でだったからね!」
夏美が片手でぶら下がり、ブラブラ揺れて反動を付ける。そして、タイミングを見計らい、エイッと声を出すと、反対の手がガッシリと13番のホールドを握る。そこで一息付きながら、
「リトルリーグって、それって野球だよね? あたしあんまし詳しくないけど、五年生でそれだったら、六年生の頃は、どっか私立の学校にスカウトとかされたんじゃない?」
そう言いながら、夏美はまた、上を目指して動き始める。14番は、腹筋を使って強引に足を掛け、そのまま反動を付け15番を左手で掴む。ムガから会話の続きがなかったので、夏美は下を見る。
さっきまでと、ムガの様子が違い、ムガは俯いて下を向いている。
「雷ちゃんは5年生で野球辞めちゃったから…。そうだよね、続けていれば…。」
「おい、ムガ。昔の話だろ? そんなたいしたもんじゃなかったよ。話を盛るな!」
夏美は、16番を目で捉えながらも、下の会話が気になって耳を傾ける。
「ボクのせいなんだ。雷ちゃんが野球を辞めたのも…。今、雷ちゃんが東高にいるのも…。ボクの家、借金があって…。その…。」
「おい!ムガ、昔の話は辞めろ!」
!?夏美の視界には確かに16番のホールドが見えていて、さっきの15番の位置よりは難易度が低く、すぐにでも手を伸ばせば捉えられるはず。だが指先が震えて言うことを聞かない。
「ボクのお母さんが、借金から逃げちゃって…居なくなっちゃって、怖い人たちがお金返せって、毎日来てて…。でも雷ちゃんが助けてくれた…。」
その時であった。ムガと雷二郎の視界に何かが落下してくるのが見えた。そして、背中からマットに打ち付けられたソレは、ウッと声を上げると苦しそうに、顔をしかめた。一瞬何が起こったのか、理解できなかった二人だが、夏美が落下したのだと理解し、慌てて駆け寄る。雷二郎が上を見上げてさっき夏美が挑戦していた16番の高さを確認する。不味い!いくらマットがあったからといって、背中から落ちて無傷とは考えにくい高さであった。
「夏美ちゃん!夏美ちゃん!」
ムガが呼び掛けるが、苦しそうな顔からは、ウウという呻き声しか聞こえない。雷二郎は既に119に電話を掛け始めた。数コールですぐに繋がったので、正確にこの事務の場所、夏海に何が起こったのかを伝える。電話を終えると。辺りを見回して、夏美の私物を探す。
「風北!携帯はあるか? 悪いけど借りるぞ!お前の家へかけたい。」
雷二郎でさえ、この局面では焦りが先行している。ようやく夏美のバッグの中から携帯を見付けた雷二郎は、アドレスの中から夏美の実家と思われる番号を見つけ、迷わずにコールする。ムガは、必死に夏美に呼び掛けている。
「夏美ちゃん!」
東野市民病院の救急処置室の前で待っている二人の前に夫婦と見られる男女が現れた。夏美の両親だろう。雷二郎は二人を見るとソファーから腰を上げ頭を下げる。
「すみません、お家の番号が分からなかったので、娘さんの携帯を勝手に使わせてもらいました。」
男性が、雷二郎に、そんなことは気にするなと声を掛ける。おそらく母親であろう女性は、雷二郎ではなく、ムガに話しかける、
「夏美は? 夏美はどうして怪我をしたの?」
「夏美ちゃんは、ボルダリングの高いところから落ちて…。背中から床に落ちました。すごく痛そうで…。」
女性は思わす口元を両の掌で覆い、そのままソファーに座り込んでしまう。男性の方は立ったまま処置室の扉をじっと見つめている。
そのまま、この廊下では、会話もなく、時間だけが過ぎていく。
「遅いね、ムガくんたち。場所が分かりにくかったかな?」
風鈴の姉妹たちは、約束の安角の駅の南口で、落ち合うはずの二人を待っていた。時刻は14:30を回っている。野々葉が姉の不安を取り除きたくて呟いたのだが…。野々葉には、勇気を出して二人を誘った姉が、今日をどれ程楽しみにしているのかが、痛い程伝わっていた。しかもそれだけではない。急にお誕生日会をやり出すと言っただけでなく、男子を連れてくると親に告げる勇気…。自分には、そんなこと出来そうもない。そう考えていた矢先、姉の携帯が鳴り出した。
「うん。うん。えっ…!うん。」
姉の表情が曇っていくのが、野々葉には手に取るように分かる。
「大丈夫です。気にしないで。うん。」
姉の携帯を握る手が震えている。
「じゃあ…雷二郎くんにも気にしないでって…。それじゃあ…。」
「お姉ちゃん…。」
「野々ちゃん。二人来られなくなったって…。そう…。来られないんだって…。」
そう言い終えた寿々葉は力無くダランと携帯を持つ腕を下げる。そして、呆然と立ち尽くしている。
「何があったの?」
「…。」
知りたい気持ちも、勿論あったが、野々葉は、もう一度尋ねることはせず、姉の両肩をそっと後ろから抱く。
「お姉ちゃん…。帰ろっか…。」
姉の頬に涙が流れているのに気付いていたが、野々葉はそれには触れず姉とゆっくり歩き出した。
実家では、誕生日会を中止するという心苦しい事実を、野々葉が母親に告げた。姉の泣いている姿を含め、当然戸惑いを隠せない両親たちはから、どういうことなの?と問われたが、野々葉が、後で、説明するからと言って、姉と二人で部屋に引きこもった。そのまま、時々眠ったりしながら時間が過ぎ、日も傾きかけたころ、晩御飯をいらないという姉を残し、野々葉が両親に今日の出来事を説明している。自分自身も動揺しているため、取り繕ってごまかすことなど出来そうに無かったので、野々葉は、正直に両親に話すことにした。
「お姉ちゃんはね、高校に入ってから、すっごく変わったの。いい方にだよ。引っ込み思案だったお姉ちゃんにとって、それが、どれだけ勇気のいることだったか…。」
両親は黙って聞いてくれていた。野々葉が、姉が寝ている間にムガに連絡をとって確認した事実、
「お姉ちゃん、今日ね、好きな男の子を自分の誕生日に誘ったの。かっこ良かったなあ…。あたし、ビックリしちゃったけど、すっごく嬉しかった。でもね…今日来てくれるその男の子たちの友達が、ボルダリングやってるときに高いところから落ちて、救急車で運ばれて…背中から落ちたらしくて、内蔵とかいろいろ調べなくちゃいけないらしくて…それで、病院から離れられないって…。」
野々葉の目にも熱いものが溜まり出している。母親が、野々ちゃんも辛かったねと立ち上がって椅子に座っている野々葉を後ろから抱き締める。そして、
「私にとっては、あなたたちが、こんなに立派になったんだって、頑張っているんだって、それに気付くことが出来た。素敵な誕生日になったわ。ありがとうね。」
夕食後の姉妹の部屋には、カットしたケーキと牛乳を多めに入れたコーヒーをお盆にのせた野々葉が来ていた。お姉ちゃんと呼び掛けると、うん…という小さな返事が聞こえた。
「ケーキ、先に戴いちゃった。すっごく美味しかったよ。あと、コーヒーも温かいから、もしよかったら…。」
寿々葉は、ベッドの上に横向きに寝ていて、ちょうど野々葉には背中を向けていた。そのまま壁の方を向いたまま、
「野々ちゃん…。お母さんたちにどう説明したの?」
野々葉は、
「私ね、全部、私の知ってること、思ってること話しちゃった。ごめんね。ほんとはお姉ちゃんに好きな人ができたとか、言わない方が良かったのかもしれないけど、隠しごとしたら、何だか上手に説明できない気がして…。」
「うんう、いいよ…。お母さんびっくりしてなかった?」
野々葉は首を横に振って、
「うんう、私たちが立派になって嬉しいって、頑張ってるねって、そう言って後ろからそっと抱きしめてくれた。」
その時であった。野々葉の携帯の着信音が鳴る。
「今は、痛み止めが効いていますが、切れると、かなり背中に痛みを感じると思います。年齢を考えると痛み止めの量を制限した方がいいので、どうしても耐えられないときだけ、呼んでください。」
そう伝えた看護師が退室すると、夏美の両親は、二人を病室に入れてくれた。まだ夏美と会話していないはずなのに、何故か夏海に近いベッド脇に雷次郎とムガが行くようにし、両親は窓際の少し離れたところに位置している。念のため首がコルセットで固定されている夏美の顔は、天井を向いたままだったが、ムガか覗き込むように顔を出し夏美の視界に入るようにした。
「ムガくん…ごめんね。私が落ちてからいろいろやってくれたんでしょ。」
「そんなこと気にしないで、それよりどこか痛くない?」
「今は大丈夫、痛み止めが効いてるって。ハハ、猿も木から落ちるだね。油断すると駄目だなあ…。」
雷次郎が、
「風北、何かしてほしいことや、手伝って欲しいことがあったら言ってくれ。」
夏美は、一度目を閉じて、再び目を開く。何か考えたことがあるのだろう。
「お友達のお誕生会だったよね…。風鈴さんって確か双子の…。もう、こんな時間になっちゃってるけど、顔を出してあげて欲しい。」
雷次郎が、えっ!と声に出して驚く。夏美は天井を向いたまま、優しい笑みを浮かべると、
「ずっと、私のこと心配してここに居てくれたんでしょ。私はそれが嬉しいよ。でもそのせいで悲しい人が出るのはイヤだな。お願い竜神、行ってあげて。」
「分かった。じゃあ風北、また明日様子を見に来るから。」
「症状、大したことないといいね。ボク祈ってるから!」
ムガもお別れの挨拶をする。二人は窓際の両親にも挨拶をし、病室を後にする。シンと静まり返った病室で、一番最初に言葉を発したのは夏美であった。感情のこもらない抑揚の全くない言葉で、
「ご迷惑をお掛けしました。」
その後は、また、病室に静寂が訪れた。
(え、ええ!下に!)
野々葉は、携帯を耳に当てたまま、窓まで急いで移動する。街灯の下に背の高い男子が二人、側に停めた自転車に寄り掛かって私たちの家の方を向いている。野々葉が窓を開けながら、携帯に二階だよ!と告げると、二人の男子は野々葉を見つけたようだ。
「お姉ちゃん! 竜神くんとムガくんが来ちやった!」
「えっ?」
「今、家の前で、この部屋見てる!」
「え、え、?」
その時、ギターの音が聞こえてきた。弦1本だけでメロディーを弾いている。時間を考えてうるさくないようにしたのだろう。単音にも関わらず、ビブラートや音の繋ぎ方から、演奏者の技術の高さが伺い知れた。思わず野々葉がそのメロディーを口ずさむ。
「happy birthday dear Suzuha~♪ happy birthday to you.」
ギターは、また同じフレーズを繰り返すようだ。
「ほら、お姉ちゃん! 顔を出そうよ!」
「う、うん…。」
野々葉に抱き起こされ、窓から顔を出すと、ムガの顔がパッと明るくなる。そして、
「雷ちゃん、出番だよ!」
「ああ。でも、少し遠くないか? 直接渡した方が…。」
「前も言ったでしょ!女の子はね。そんな普通のことより、キラキラしたことが好きなの! 早くやっちゃいな!」
雷次郎は分かったよ、とムガに告げると、四角い手のひらサイズの綺麗にラッピングされたものを、風鈴たちに見せる。そして、野球のピッチャーのように振りかぶると、二階の二人のいるところへ向けて、それを投球した、いや投箱した!
少し山なりだが、ほぼ直線で、見事に双子のところまで届きそうに見えた。だが、後もう少しというところで失速し、手前の屋根の上にボトリと落ちた。皆、口をアッと開けて固まったが、雷次郎がもう一つの箱を取り出し、それを投げようと、また投球モーションに入ったので、皆それを見つめる。今度は先程より少し高い軌道で、見事に双子のいるところまで届いた。わ~お♪ ムガが感嘆の声を上げる。が、寿々葉が上手くキャッチできず、やはり先ほどのようにボトリと手前の屋根に落ちた。また四人がそろって、アッと口を開けて固まった。
その後、野々葉が、持ってきた布団叩きで二つの箱を手繰り寄せ、何とかそれを手にする。双子の姉妹は、二人に向かってありがとう!と手を振る。寿々葉にも笑顔が戻っている。下にいる二人は、深々とお辞儀をして、そして手をこちらに振ると、自転車に股がった。
「また、学校で!」
二人の後ろ姿が見えなくなると、野々葉が、
「開けてみない?」
と、姉に提案した。丁寧に箱に施されていたラッピングをめくって中の箱を開けると、二つに折り畳んだ手紙の下に、クッキーが入っていた。手紙にはそれぞれ、「野々葉ちゃん、お誕生日おめでとう!」「寿々葉ちゃん、お誕生日おめでとう!」と、書かれていて、ちょうど二人が持つ箱は反対だったので、交換する。クッキーはアルファベットを型どっていて、ラッピングの裏の白い方の面に並べてみた。「NONOHA 」「SUZUHA」六枚入りのそれは、並べると、それぞれ二人の名前になった。食べる前に記念にと、代わる代わるクッキーと一緒に写真を撮り、いよいよそれを食べることにした。
「何だかもったいないね。」
「うん。でも、食べてもらうために作ったんだと思うよ。」
そうだね、と言って二人は食べ始める。
「美味しい!」
二人、同時に声を上げる。どちらが作ったのだろう? 寿々葉は、普段の二人の様子から、これは雷次郎が作ったんだと何となく確信していた。
「ありがとう。雷二郎くん…。あっ!」
(しまった! 野々ちゃんがいたのに私、つい口に出しちゃった!)
「ウフ~ウフフフ~♥️」
野々葉が凶悪そうな顔で、すり寄って来る。
「お姉ちゃん、心の呟きがつい漏れましたな。ウフ、さあ可愛い妹に、今のお気持ちを、もっと詳しく教えて頂けませんかねえ。ええ、例えばいつ告白するとか?」
(ひえ~、野々ちゃんが怖いよぅ~、雷二郎くん助けて~アハ♥️)
二人の誕生日のガールズトークは、夜通し続いた…。
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