第23話 最終調査結果
日曜日も、お見舞いに二人は顔を出した。一番心配されていた内蔵へのダメージや脊椎の損傷に関して、精密検査を繰り返した結果、大丈夫と診断され、夏美は首のコルセットを外し、起きれるようになっていた。ただ、姿勢を変えるときには痛みが走るようで、もう少し入院を続けて様子を見るらしい。今日は、両親は来ていない。
「夏美ちゃん、良かったあ! 退院はいつ頃になりそう?」
「検査は、問題無しだったから、そんなに長くはならないって。いろいろ心配させちゃってごめんね。それに…。」
夏美は、片手を顔の前に縦に出して、ゴメンとあらためて二人に言うと、
「せっかく二人がボルダリングに興味をもってくれたのに、何だか怖い競技だと思われてないかって。もっと一緒にやりたかったな…。」
「やろう!やろう! 夏美ちゃんに痛いとこが無くなったら、また教えて! ね、雷ちゃん。」
窓の近くで外の様子を眺めていた、雷二郎は、
「ああ。」
と、答えて振り向く。
「雷ちゃん、なに恥ずかしがってるの? こっちにおいでよ。あっ、分かった! 夏美ちゃんが美人だから、近づくのが恥ずかしいんでしょ!」
「あのなあ…。」
雷次郎は、そう答えるとムガの隣へ移動する。実は、雷次郎は夏美とその両親との関係が、少し気になっていた。今日は日曜日である。もちろん日曜日に仕事をしなければならない家庭もあるだろうが、娘が高所から落ちて、まだ二日目だ。しかも、検査の結果が出たのは、今日だと言っていた。それまで娘の側を離れるだろうか? そして、昨日の病室。ムガと自分以外に夏美と会話しているシーンが思い浮かばない。考え事をしていたせいか、ムガが、自分を呼んでいることに気付かなかった。
「だから、ねえったら、ねえ、雷ちゃん! もう、話聞いてる?」
「ん? ああ…。」
ムガがふくれている。
「雷ちゃん!何考えてるの! 夏美ちゃんが可愛いのは何故か? 以外の考え事だったら許さないよ!」
だが、ここで、病床の夏美に両親との関係を尋ねるのは、憚られた。仕方がないので、
「ああ、そうだ。風北が可愛いのは何故か考えていた。」
夏美の顔が赤くなる。ムガが、
「そうだよねえ! それ以外に考えることなんか、アレ? 夏美ちゃん!顔が赤いよ、どうしたの?」
そう尋ねるムガの視線から、夏美は逃げる。
「雷ちゃんの言葉にやられちゃった? さすが恋の門番だね! 雷ちゃん。」
夏美が視線を外したまま、聞きなれない単語を確認してくる。
「恋の門番? 」
「そうだよ。雷ちゃんは、ボクの恋の門番なんだ!」
その後、ムガが門番について説明を始めると、夏美はへぇ~と、ところどころ相槌を打ちながら楽しそうに聞いていた。そろそろ二人が、病室を去ろうかというときに、真剣な顔で夏美が、
「竜神、アンタに聞いて欲しいことがある。退院したら、時間を作って欲しい。」
ムガの、あっ告白だ! というお茶化しに全く動ぜずに夏美は続ける。
「とても大事な話なんだ。」
雷二郎は、夏美の目を見て、
「分かった。」
と、答えた。
明くる日の始業前、一年A組の教室には、風鈴野々葉が訪れていた。風鈴が双子だということは、周知の事実であったが、二人がそろっているところは、あまり見たことがないクラスメイトは、皆注目している。
「一昨日は、素敵なプレゼント、ありがとう!」
野々葉の一言にクラスがざわめく、エッ! あいつら風鈴にプレゼント贈ったの? 野次馬の声が耳に入る。が、全く動じていないムガは、
「どうだった? ボクのオリジナルバースデー曲は?」
「おい!ちょっと待てムガ? どこがオリジナルだ! 普通のハッピーバースデーソングじゃないか!」
「でも、あの曲、著作権の権利は切れてるんだって。だからボクのアルバムに入れて曲を発表しても、訴えられないって。」
「誰がそんな適当なこと言ってるんだ? それに、そもそも、発表って何だよ!」
「誰って、※オフー知恵袋だよ。先週質問したら回答があったの。」
※オフー知恵袋…オフクロさんの知恵を借りるというコンセプトで始まった、一般大衆が質問や回答を出し合うWEB上の場。
双子はニコニコしながら、二人のやり取りを聞いている。寿々葉も、付け加える。
「クッキーも美味しかったよ!」
クラスがまたザワつく、お菓子作ってるのって竜神か? あんな怖い顔で? 雷二郎は、ムガほど周りを無視できてはいなかったが、
「そうか、なりゃ良かった。」
そう答える。外野がやっぱり竜神だって! 馬鹿、お菓子作れる男子はポイント高いんだから!と、多少冷やかし以外のコメントも聞こえる。
始業前の注目を散々集めた雷二郎たちの元に、昼休みも野々葉がやって来たので、お弁当を食べているクラスメイトがまた、注目しはじめる。が、その時、入り口から雷二郎を呼ぶ声が聞こえた。
「雷二郎、ちょっと来て。」
京香が手招きする。雷次郎が席を立って、京香の元に向かうのを寿々葉は、じっと見ていた。野々葉がそれに気付いて、小声で、
「お姉ちゃん、顔が怖いよ! 顔が。」
寿々葉は、顔を赤らめると、食べよっかと言って、お弁当を出しはじめる。今日だけ野々葉と二人で一緒に食べることにしたのだ。ムガくんと、そして、今はいないけど、雷次郎くんとも…。
「何だよ、わざわざこんなとこまで。」
ここは、中庭の一角である。
「覚えてる? あたしに頼んだ調査のこと。風北夏美のこと。」
「ああ、それか。スマン京香。それは、もういいや。ムガが、あの娘のことは調べるな!ってうるさくて。ちゃんと報酬は払うから、ん?」
京香の目が真剣であることに気付いた雷二郎は、
「どうした、京香? 何かあったのか?」
雷二郎も真剣に尋ねる。
「雷二郎、あの娘と関わるのはヤメな! あの娘は五年前ある事件を起こしてるわ。」
「えっ? 事件って…。」
「あの娘、もともとバーソロの初等部だったの。」
「バーソロ!」
雷二郎も声を上げる程、東野市においてその学校は、誰もに憧れを抱かせる輝かしいステータスを築き上げていた。
「でも、小学校五年生の頃、退学しているの。それで、ピアノ教室の友達の友達にバーソロの娘がいて、何か知ってるか聞いてもらったら…。」
「どうした?」
少し京香が言うのを躊躇った感じがしたので、雷二郎が先を促す。京香は、雷二郎の目をしっかりと見据え、
「父親にカッターで切りつけたそうよ…。しかも、人前でそれをやって…わざと警察沙汰になるようにしたんじゃないかって…。」
「ほ、本当なのか…?」
京香が深く頷く。
「ねえ、雷二郎、だからあの娘と関わるのは…。」
「すまん京香。その話が本当だとしても、きっと何か理由があったんだと思う。風北とは、昨日一緒にいたんだが、そんな風な娘には、俺にはどうしても思えない。」
「昨日、一緒に居た…?」
「ああ、いまアイツ、入院してるんだ。ボルダリングで高いところから落ちて…。」
「ボルダリング?」
普段の雷二郎から考えられない単語が次々と飛び出すので、京香は、
「ちょっと待ってよ! きちんと整理して説明して! アンタとあの娘、どういう関係なの!」
そこで、雷二郎は、夏美がムガの家の前に来て、ムガの家をよく眺めていたことや、ムガが、ボルダリングやりたいと言って、一昨日夏美に教わったこと、そして、夏美が落下したことなどを順番に説明していった。黙って聞いていた京香であったが、説明の後、
「また、その娘に会うの?」
何だか弱々しい声で聞いてきた。雷二郎が、
「ああ…。」
と答えると、やはり元気無く、
「そう…。」
と、呟いた。去り際の雷二郎に、
「雷二郎! あの娘が事件を起こしたって現場、明日佳ビルディングのあの店だそうよ!」
「!?」
「あたしが知ってる情報は、これだけ…。じゃあ…。」
雷二郎は一度振り向いた。京香が俯いている。雷二郎は、立ち止まると、京香の方を向き。
「京香!ありがとう! ディナーの店が決まったら連絡をくれ!それから、やっぱりお前は頼りになるな!」
京香が顔を上げるのを見届けると、雷二郎は右手を上げて、歩みはじめる。
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