第20話 イベントが発生した双子姉妹②
「あれぇ保健室、誰もいないみたいだね。鍵が掛かってる。」
ムガくんが私に報告してくる。
「もう、ほとんどの生徒は帰ってしまう時間だから、保健の栄子先生も、職員室とかに行っちゃったんじゃないかな?」
私はそう答えたあと、もう一つの入り口の方へ行ってみた。おや? 南京錠がしっかりはまっていない。これだと部屋には入れそうだけど…。ただ、保健室に入る前に、どうしても確認しておかなければならないないことがある。
「ねえ、ムガくん。どうしてわたし寝直すのかな? そんなに眠そうな顔をしてる?」
「うん。してる。」
即答された!
「そっか…。してるんだ。」
ホントだろうか? でも、これだけキッパリ言われると反論しにくい。
「ムガくん。後ろのドア、南京錠がしっかり掛かってなくて、これなら入れそうだよ。」
「そうなんだ。それはよかった。じゃあせっかくだし、中に入ろう。」
夕方が近づいてきたのか、保健室は、黄色からオレンジの景色に変わろうとしていた。ムガはくんは、タオルを見つけたらしく、顔洗ったら使ってね。と、私に手渡した後、3つほどあるカーテン付きのベッドのうちの一つのカーテンを開け、ここがいいね♥️などと独り言を言っている。
こ、この状況は何? 角山スニッカーズ文庫にも無かった展開よ! どうすればいいの? 顔洗うの?
私が、水道を前に固まっているのを目にしたムガくんが側にやって来る。
「あっ、さすが保健室。お湯も出そうだよ。お湯の方がいい?」
「えっ? うんう、水でいい。」
もうどうなでもなれ! 蛇口を捻って勢いよく水を出す。そして、両の手で水を掬うと、バシャバシャと顔に打ち付ける。
ムガくんが、にっこり微笑んでタオルを差し出してくれる。
「ありがと。」
そう言って顔を拭いて、タオルをムガくんに戻すと、まるっきり想定外のことが起こる。ムガくんが私の手を取ってベッドまで連れていこうとするのだ。待て待て待て!ちょっと待て! 顔洗って寝直すイベントは、確かに角山スニッカーズ文庫にはなかったが、保健室で男女二人がゴニョゴニョ…って、展開は山ほどあるぞ! これってまさか!そっちのイベントだった?
「ちょっと待ってよ、ムガくん!」
その時であった。廊下から声が聞こえてくる。大人の女性の声、栄子先生だ!
「ん、お前ら何している? 保健室に用事か? 確かその金髪は、一年A組の竜神雷二郎だな。」
(くそっ!保健室に着くのが一歩遅かったか!)
一階に降りると、多少の人通りがあったので、全力疾走を止めた雷二郎であったが、それが仇になったようだ。保健室の扉の前で、この学校の養護教諭である栄子先生に声を掛けられる。
「ん、お前ら何している? 保健室に用事か? 確かその金髪は、一年A組の竜神雷二郎だな。」
一方、保健室の中では、さすがにムガも保健室に勝手に入ったのはマズイと思って…いなかった。笑顔で掛け布団をめくった後、敷布団をポンポンと叩き、野々葉にそこに入るよう促してくる。
(ああ、私はどうなってしまうのだろう。お姉ちゃん。私、先に行くね。大人の階段を先に…。)
などと野々葉は考えいたが、実際は予想とは違って、野々葉が布団に横になると、彼は静かに掛け布団を掛け、自分は隣の丸イスに腰かける。そして、カーテンを閉めると、
「寝付くまで、隣にいてあげるね♥️」
(優しい…確かに優しいんだけど。こんな状況で寝れるか!!!)
「え~と、そうなんです。コイツが、何だか頭が痛いって…。」
そう言って隣の寿々葉を肘で小突く。オイ!話を合わせろ! 視線で寿々葉に訴える。だが、寿々葉はしっかりしてるようで、少し天然であった。キョロキョロ辺りを見回すとコイツって、誰? などとほざいている。
「お前だよお前!お前、頭が痛いんだろ!」
寿々葉は、ようやく的を得たようで、コクコクと頷いている。
「そうか、もう遅いから、多少の具合の悪さなら、家に帰ってからにして欲しいんだがな?」
栄子先生から、最もな提案がなされる。だが、保健室の中を確認していない。ムガがもしいたら、不味いことになるかもしれない。もう一度寿々葉をギロリと睨んで、具合がすごく悪いと言え!と、口パクで伝える。
伝わらなかった…。
「分かりました。そうします。」
コラコラコラ! 帰ろうとする真面目な寿々葉を呼び止める。
「オイ風鈴! お前いじめられてるって言ってたよな?な?な? 先生に相談してみたら?」
寿々菜は、目をパチパチさせた後、貴方にですか? と小声で聞いてきやがった。もうイカン! やむを得まい。
「先生、実はコイツ頭がおかしいんです。記憶喪失っていうか。時々、頭が痛いって言って意味不明の言葉を口走るんです!」
「ホントか? オイ、ふざけてるんじゃないだろうな?」
この人ふざけてます!と、先生に対しては、真面目に答えなきゃと思っている寿々葉の声を
「本当なんです!」
という大声量で打ち消した雷二郎の勢いに負けて、栄子先生は取りあえず保健室に入るよう二人を促した。鍵を外している栄子先生の視線を盗み、寿々葉の口を押さえると、
「いいから話を合わせろ! もしムガとお前の妹が中にいて出られない状態だったら助けなきゃいけないだろ?」
ようやく状況を理解した寿々葉がコクンと頷くのを見て、口に当てていた手を外すと、いいな? ともう一度念を押す。
「ヤバいよ! 鍵開ける音だよ! ねえムガくん! どうするの?」
ムガの反応がないので野々葉がムガの方を向くと、
「何だかお布団見てたら、眠くなってきちゃったよ…。」
そう言って掛け布団の上に体を預け、寝る体勢に入ったようだ。野々葉の体に横からムガが覆い被さる。
(え、ええ~!!何コレ? 恋人の看病に来たイケメンが、布団の上で眠っちゃうイベント? これはレアだけど、ありそうな気がするな。また後でスニッカーズ文庫全巻読み返さなきゃ、ってそんな場合じゃない!ムガくん!起きて!)
「で、あなたお名前は?」
「はい、私は一年A組の風鈴寿々葉です。」
「風鈴? ああ、確か双子の。」
校内でも双子のことは有名なのだろう。
「で、時々頭が痛くなるとか?」
「はい。時々何かゴオ~んって、お寺の鐘を叩いたような感じの痛みが…。」
(何ちゅう例えをしてるんだコイツは?)
だが、そんな雷次郎の考えに反して、保健の栄子先生も変な人であったらしい。
「ほお、もっと具体的に言え。例えば○○寺の鐘とか?」
「あっ、ハイ。え~と、法隆寺のような鐘の音です。」
(?!お前ホントに行ったことがあるのか?)
だが、そんな雷次郎の考えに反して
「ほお。法隆寺か。確かにそれは痛そうだな。」
(話が通じてるよ!嘘だろ! って、そんなことをしている場合ではなかった。)
雷次郎はキョロキョロと部屋の中を見渡すと、居た!カーテンが引かれたベッドの一つにムガの両足が見える。椅子に座っているようだ。まずは、と呟くと、雷二郎はさりげなく移動して、栄子先生から、ムガの足を自分の体で隠すような位置へ移動する。
「で、記憶がどうとかいうのは? どういうことなんだ。」
雷二郎は、会話を続ける二人に背を向けると、メモ帳を取り出して、メッセージを書き始める。そして、タイミングを見計らって、カーテンと天井の僅かに空いている隙間へ丸めたメモ帳を投げ込む。
「ハイ、時々、今日の朝食が何だったか思い出せなくなるんです。」
「む、それは…。10代にして、早くも老化が始まっているというのか…。」
(早くメモを見ろ! 早く!)
雷二郎がカーテンを睨み付ける。すると、ようやくガサゴソと音がしてムガの足が消える。
(よしよし、これで、ひと安心。取りあえずはバレないだろう…。さて、次は先生をここから出さねば。)
「おい、風鈴。先生に記憶喪失になったときの戻しかたを教えてあげな。」
「えっ? 記憶の戻しかた?」
「ほら、アレだよ! 確か女子トイレで花子さんとお話をすれば治るって、言ってたじゃないか。先生に一緒に付いていってもらって来い。先生、すみません。コイツあたまがおかしいんです。こいつの妄想に付き合ってやって下さい。お願いします。」
ああ、と言うと栄子先生は立ち上がり、雷二郎の方へツカツカとやってくる。不味いという表情が雷二郎の顔に浮かぶ。
「雷二郎、頭がおかしいのは、お前だ!!!」
そして、栄子先生は、そのまま雷二郎を通りすぎたかと思うと、3つのベッドのカーテンを次々と開けていく。
「ひぇ!」「!!!」
寿々葉と雷二郎の顔が青ざめる。最後のカーテンを栄子先生が開けると…。野々葉が寝ている布団の上にムガが胡座をかいて座っていて、やぁ!と、こちらに手を振っていた。
A組の担任塩崎と栄子先生にこってり絞られた四人は、一人を除き元気なく校門へ向かっている。普段の双子の素行が良かったせいか、何とか野々葉が具合が悪くて、ということで信じてもらえたが…。雷二郎は、塩崎に誠意を見せるということで、大きなペナルティを科されてしまった。何故か一人だけ元気なムガが、
「栄子先生って、おっかないんだねえ…。寿々葉ちゃん、お説教のとき顔が真っ青だったよ。」
そう、確かにあの言葉は、誰が聞いても怖いだろう。皆、背筋か凍りそうな気持ちを味わった。
――― ずいぶん楽しかったよ風鈴さん。で、記憶の方は元に戻ったのかな? 何なら今から女子トイレに行って、記憶とやらを取り戻してきてもいいぞ。一緒に行けばいいのか?
栄子先生の言葉を思い出して、寿々葉が身震いしている。野々葉がそんな姉を慰めている。雷二郎が、
「ムガよ。お前、今日オレたちが、こんな目にあってるのは、誰のせいだと思ってる?」
ムガがキョトンとしている。
「えっ?誰?」
拳を握りしめた雷二郎が、
「とぼけても無駄だムガ、全ての原因は、お前じゃ~!」
と叫び、鞄をもったままムガの頭を脇に挟み込みヘッドロックをかます。
「イタタ、雷ちゃん!ギブ、ギブだってば!」
そんな様子を見ていた。野々葉が大きな声で笑い出す。
「ハハハッ、ハハハハ、」
雷二郎とムガも絡まったままだが、動きを止めて風鈴の妹の方を見る。
「ムガくん、それから雷二郎くん。今日は、ありがとうね。私、今日は不合格、つまりムガくんに振られたってことだよね? それなのに、そんなこと、すっかり忘れちゃうくらい楽しくて! 何だかそれが、すごく可笑しくて」
ムガが、雷二郎をふりほどいて、野々葉に答える。
「そうだよね!楽しかったよね! それなのに、何で雷ちゃんは怒ってるのかな?」
雷二郎は呆れて、はぁ~と大きなため息をつくと、もう、どうにでもしてくれ!という感じで、
「じゃあ、ムガ帰るぞ。お前らも気を付けてな。」
ムガを引っ張りながら、そう双子に別れを告げる。寿々葉が、立ち去ろうとしている二人の背中に、
「あの、雷二郎くん。明後日の土曜日、私たちの誕生日なの。もし、よかったら家に来ない?」
(な、何を言い出すの!!!お姉ちゃん!ホントにお姉ちゃんなの? 私の知らない人がいるよ~。)
野々葉の目が、直径1mmぐらいの点になってアワワワと言っている。雷二郎ではなくムガが、
「そうなの? いいねえ~お誕生日会。行こう、行こうよ雷ちゃん!」
「あ、ああ。」
雷二郎は、何だか躊躇いがあるようだ。
「昔、京香ちゃんのとこにも毎年行ってたよね? 懐かしいなあ。」
(キョウカ? 誰だろ? それより、お姉ちゃんだよ。どうしちゃったの? お姉ちゃん。)
野々葉は、姉の顔を伺う。何だか姉の表情には、悲壮感が漂うというか、すごく必死な感じが見てとれる。やっぱりこんなこと言うのは、かなり勇気がいったんだ!そして、姉の視線を追うと、
(え、ええ~!!!そ、そういうこと!!!そんなことあり得るの!!!)
「ねえ、雷ちゃん行こうよ! ねえ、ねえ。」
「分かったよ。おい、風鈴、何時に行けばいい? あと、場所がわからない。」
(お、お姉ちゃんの顔が嬉しそう、乙女、恋する乙女の顔になってるよ!)
「う~んと、じゃあ14時に安角の駅前に迎えに行きます。南口に何とかっていうおじさんの銅像があるから、その下で。」
「安角か、3駅だな…。分かった。ムガ、ちょっと帰ったら相談だ。」
「え、何、なに?」
行くぞ! そう言って雷二郎が先に歩き出す。ムガも追いすがりながら何か言っているようだ。そんな二人を見送り終えると、野々葉が我慢できずに姉にツッコミを入れる。
「コホン、お姉さま。詳しくお話しいただけないでしょうか?」
「えっ、何のこと? 取りあえず駅へ向かって歩きながらにしない?」
野々葉は同意して歩き始め、
「ほう、何の事と来ましたか。では、単刀直入にお聞きしましょう。いつからお姉さまは、あの門番さんのことを」
「え、え~と…。分かった?」
「はい。分かりますとも。わたくしたち双子ではありませんか? 隠し事など出来ようはずも」
「どうしよう…。お誕生日に誘っちゃったよ。お母さんたちビックリするよね?」
「そうねえ。お家の中がひっくり返っちゃうぐらいの大騒ぎになるかも。だってお誕生日会だって小さい頃にしか開いたことがないのに、男子ですよ。男子が来るんですよ!」
「どうしよう? 野々ちゃん。やっぱり止めようか?」
「いいの? お姉ちゃん。せっかく勇気を出して誘ったんでしょ? それに、私、羨まいよ…。私なんか問題集使っても結局想いは届かなかったから。」
「野々ちゃん…。でも…。私たちの高校生活はまだ始まったばかりだよ! 失敗したって、チャンスが消えてしまったわけじゃないよ。」
「ありがと、お姉ちゃん…。」
「お誕生日会。ムガくんも来るんだし、楽しい会にしようね!」
野々葉は、ウンと頷くと、
「では、駅までは、まだありますので、お姉ちゃんが門番を好きになっちゃった馴れ初めといいますか、きっかけをじっくりお聞かせ願いましょうか!」
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