第29話 全快

穏やかに先輩が眠り、光を纏って消えて行く。

「あ…あああああああああ!」

その光を集めようとするが、体を近づけても嘲笑うかのように離れていってしまう。僕は先輩に助けられてきた。どんな状況になっても助けてくれる大切な人を失った。いや、依存していたのかもしれない。強くて、優しい先輩に。


もう少し…もう少し早く来ていれば助けられたかもしれなかったのに…

やるせない気持ちが渦巻く。悲しみに押し殺されていた胸の疼きが出てきたところで、何かが倒れる音が後ろから聞こえる。


虚ろな目でそちらを見ると、倒れている獣人がいた。あの人が…あの人が…

【あの人が先輩の命を奪った】

怒りがどんどんと込み上げてくる。走り出そうとした瞬間、先輩の言葉が突如として浮かんでくる。

まだ、ここに来る前の話。




「なあ。これって一応ゲームじゃん。」

「……大丈夫ですか?」

「なんで頭の心配をされないといけないんだよ…」

眉を少しばかりひそめ、目を細める。更には口を若干開け、困ったような、呆れたような顔をする。そして、それでさ。と言い、話を繋げる。


「これ以上人は殺したくないけど、決闘みたいな形になったらやっぱり敬意を払わないといけないと思う。」

「そりゃあそうでしょ。」


「だからさ、もし、もしだよ?僕と相手が刺し違えたりして僕が負けて、相手が瀕死とかだったら、怒りとかは一旦抑えてお辞儀してあげてほしい。その人は勇敢に戦ったから。その後、回復したんだったら別に何してもいいから。」


「まぁ、先輩が負ける絵が想像できないですけどね。」

「そりゃそうだろ。負けるつもり無いから。」


顔を見合わせ、笑い合う。




はっきりと記憶に残っている。これがしっかりと話す、最後の会話だったから。


白衣を着た医師らしき人が担架を持ってあの人を運んでいる。悔しさと涙を押し殺し、その担架に向かってお辞儀をした。これが敬意というのならば。


顔を上げると、医師が近づいてきていた。

「あの…一緒に医務室に行きましょう。治療をしますから…」

こちらを伺うように問いかけてくる。


「はい…ありがとうございます…」

返事をしたときの顔は大層酷いものであっただろう。額からの血と、涙と鼻水に濡れていたのだから。


医務室にて、治癒ポーションをかけてもらった僕は、並んで寝ている二人を見ていた。

相変わらずやるせない気持ちが渦巻いているが、先輩が言ってたことを思い出す


スキルを全て托すって…どうなってるんだろう…

徐ろにスキル欄を見る。

スキル【幽霊化】【死神】【格闘Lv.2】【狙撃】【メンタリスト】

サブスキル【未来視】【逃走者】【鉄壁】【起死回生】【隠密】【全快】


「多すぎだろ…どんだけ抱えてんだ…」

そういえば、【全快】がもう少しで溜まる。って言ってたな。

自分が使うわけでもないが、好奇心で見てみる。


「……あ…そういう…こと…?」

先輩は他の人を助けることを忘れていなかった。少しサイコパスなところはあるけど、やっぱり心優しい人だ。


ベッドの隙間に入り、全快を発動させる。

【全快】のスキル…それは…


1mHP


周期的に鳴り続けていたダメージ音が静まり返った。

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