第25話 獣人

 ※


 先輩が深いため息を吐き、電話をポケットに仕舞う。

「誰と話していたんですか?」そう軽く聞くと、


「指名手配されてるやつ。面識があったから話しただけだ。」と素っ気なく返される。面識があった…か…

 近寄るな。という禍々しい雰囲気を感じ取り、少し距離を取る。


 気まずい空気が流れる中、僕たちは知らない内に、また他の集落のテリトリーに入ってしまったらしい。軽く何かが当たり、訝しげに飛んできた方を見る。上から獣人が見下ろしてきている。しかも先輩の能力が発動しないギリギリに。


「めんど…なんであんなところいるんだろ。」

「戦わないほうが良いんじゃないですか?なにか変な揉め事に巻き込まれても面倒ですし…」

 臨戦態勢に入る先輩をなんとか宥め、普通の体勢に戻す。先輩がこちらに向いた瞬間、黒い影が命を狩ろうと現れる。


先輩を失う…本能が囁いた。時間が遅く感じる。

気がついたら先輩を突き飛ばしていた。鋼色の爪が耳を掻っ攫っていく。

「痛っ…」息をつく間もなく二撃目が飛んでくる。

ほぼ反射の域で、腰にかけていた剣を取り出し応戦する。

「力強すぎだろっ…!」

無理な姿勢で受けたため、大きく後ろに吹き飛ばされる。


「嘘っそだろ…」猫の耳と尻尾がついた青年というにはまだ幼い男が30mはあった距離をたったの一秒ほどで詰めてくる。

間に合わない、そう確信したときだった。


「こいつに、手を出すな!」

こっちに全力で走ってきた先輩は、大鎌の間合いに男が入るぐらいで急ブレーキをかけ、首に引っ掛けるようにして反対方向に戻る。


当然、相手は逃げようとするが、足をガッチリ掴んでいる死神が居て逃げられないようだった。離してくれないのが分かったのか、致しかななく、爪で抵抗をしようとする。


「砕け…ろ!」

だが、そんな抵抗も虚しく、先輩の声とともに、爪がヒビが入り、粉々に砕け散る。相手の爪の耐久力より先輩の攻撃力のほうが上回ったのだろう。そして、首に刃が入り込み…


そこで止まった。血がポタポタとたれてきているが、頸動脈までは達していないようだ。


「なんで僕たちを襲った。答えてみろ。」

冷徹な声でそう告げているが、殺す気はないようだ。今までの言動で分かる。本当に殺す時はもっと、こう、禍々しくて、もっと無慈悲だから。


「あ…う…」

涙目になりながら何かを話そうとしている。だが、その言葉は形をなしていなく、いつ、首に食い込んでいる鎌が引かれるか分からない恐怖に苛まれているようだ。


それを見て、先輩が悍ましい笑みを浮かべる。そして、鎌をジリジリと引いていく。


あ、まずい。


今の表情でスイッチが入ったのだろう。先輩が一気に禍々しい雰囲気を醸し出してくる。このことを死神は逸早く察知し、鎌ごと先輩のアイテム欄の中に還った。


「あー…還っちゃったかぁ…こいつはどう処遇してやろうかねぇ!」

声帯が切れたであろう彼の口からは何も聞こえなかったが、目には絶望が映っていた。


一瞬、僕の方に目線を向けたかと思うと、瞬く間に、僕の手に握っていた剣が奪い去られていた。

どんだけ速いんだよ…あの人は…


男の首根っこを掴んで、軽々と持ち上げる。そして剣を彼の腹に当てがい、ゆっくりと刺していく。

「先輩!やりすぎですって!」慌てて止めに行く。だが、僕が走り始めた時点でもうその剣はなかった。


「すいませんねぇ。妾の部下がやらかしてしもうて。やけど、ちとやりすぎちゃいますか?まあええわ。」

着物らしきものを着た、やはり猫耳と尻尾がついた容姿端麗な女性が、少しばかり悪い、しとやかな笑顔で続ける。


「うちに少しでええんで寄って行ってもらえますかね?」

その声には少しばかりの、だが、圧倒的な殺意が濃縮された声だった。

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