第42話 魔銃士、初めてのダンジョン踏破に挑む・6

 エドの様子は相変わらずおかしい。幼馴染みでずっとパーティーを組んでいた相棒を目の前で亡くしたんだ、立ち直るのに時間がかかるだろう。でもマティアスたちだって今まで何人もパーティーメンバーとの別れを経験してきた。気持ちは判るがクエスト遂行中に切り替えられないエドに苛ついている。


「また分岐点か、何回目だよ」


 今度は左右だ。腰の袋に手を突っ込んだアガサが、申し訳なさそうな声を出す。


「悪い報せよ、もうトラップを判別する芯棒と巻物スクロールが底をついたの。今後はトラップを覚悟で入るしかないわ」

「アイテムも有限じゃしな、そればかりは仕方ない」


 ここまで罠だらけとは想像外だ。アガサしかトラップを解除できる職業クラスはいない。全員でひとつの穴に降りるか、ふた手に別れるかそれとも。


「ハミルの仇だ……俺が全部突破してやる!」

「あ、馬鹿野郎突っ込むな!」


 ダミアンの制止も聞かずエドが左の穴に飛び込む。すると何か金属音がしてエドの悲鳴が聞こえた。


「うわああっ天井が、天井がぁ!?」


 彼の悲鳴から察するに釣り天井の罠が仕掛けられていたようだ。アガサの顔が真っ青になり、震えている。


「どうしよう、あたしのせいだ。あたしがもう少しアイテムを持っていれば」

「嬢ちゃんのせいじゃねぇよ、あいつは精神の均衡を崩していた。あんたがアイテムを持っていたとしても、あいつはいずれ自滅していた」

「ダミアンの言うとおりだ、パーティーのリーダーたる者、冷静でいなきゃ駄目だ。こう言っちゃ何だが、自業自得だ」

「そんな言い方って!」


 激昂するも彼らの言い分も尤もだと思ったのか、すぐにアガサは冷静さを取り戻した。若いのに盗賊シーフという職業クラスに就いている彼女は、精神的に大人なのかもしれない。


「大声を上げてごめんなさい、確かにエドは冷静さを欠いて自爆したわね。今のパーティーリーダーはヴィゴさんだもの。貴方に従うわ」

「……辛いじゃろうが、これがダンジョン攻略の現実じゃよ」


 人の死など眼前でいきなり起こる。前の世界でそれを嫌というほど叩き込まれてきた俺にとって、ハミルやエドの死は特に心に響いていない。出会って間もないというのもあるが、ルチア以外に信用していないというのも大きい。


「左は罠があった。さて右はどうじゃろうな」

「あたしが行くわ。トラップを調べるのは盗賊シーフたるあたしの役目だもの」


 止める間もなく慎重にアガサは降りていく。念のためにヴィゴさんもすぐ後ろに続き、俺とルチアは最後尾に。スライム撃破で拾った銅貨や銀貨を惜しげもなくあちこちに投げて、罠が発動する箇所がないか調べている。


「この辺は大丈夫そうね」

「うむ、だが油断するなよ」


 ヴィゴさんの台詞と同時にどこからかガサガサと音が聞こえてくる。


『節足動物の魔物モンスターだ』

「ルチア、数はどれくらいだ?」

『最悪だ、前方の地面を埋め尽くしている』


 全員に聞こえるよう念話を送ったルチアは、前足を伸ばして尻を突き上げるような体勢になると咆哮を上げた。地面が鋭く隆起し、昆虫型の魔物モンスターたちを貫いていく。しかし奴らは仲間の屍を踏み越えて俺たちに襲い来る。俺は闇魔法を象徴する紫色に合わせると、即効性の殺虫剤をイメージして噴射する。この世界の虫型魔物モンスターに殺虫剤が効くかどうかは判らないが、魔銃の魔法はイメージが肝心。何とかなるさ! 即効性の筈だが奴らの身体は地球のものよりデカい。少なくとも三倍はあるから効くまでにちょっと時間がかかった。


「いやああっ、あたし虫が嫌いなのよ!」


 顔を引きつらせながら炎竜の鱗から作成されたという特別な鞭を振り回すアガサ。パニックに陥っている彼女に退けと言っても聞こえないだろう。炎や風魔法は彼女をも巻き込みかねない。闇魔法の毒も危ない。


「あいつらは空を飛べないタイプの昆虫型魔物モンスターだな。だったら!」


 俺はシリンダーを茶色に合わせ、初めて土魔法を使用することにする。大穴を開けて下の階層に落としてもいずれエンカウントする。だったら。


「潰れちまえ虫ケラが!」


 幼い頃に何気なく蟻を踏み潰して遊んだ記憶が甦る。罪悪感なんか全く感じなかった、ただ興味本位だった子ども時代。だが今は自分や仲間を守るために、何故か土魔法に属する重力を行使して群がる蟻どもを容赦なく押し潰していく。


「うお、一気に消えていく」


 あまりの数の多さに再び竜化したマティアスが、思わず呟いた。俺もあんまりグロテスクな光景は見たくないので広範囲を一気に潰した。あっという間に光の粒子が現れて消えていく光景は、なかなかに幻想的だ。場違いな感想だけど。だが今回は守護者までは倒せなかったらしく、また蟻どもが無限湧きしてきた。


「もういや、どうにかしてよ」


 多分守護者はこの通路の最奥部にいるんだろう。少々マナを消費するが範囲を広げて先ほどよりも負荷を掛けてやる――が、その前に奴らは俺らを取り囲んだ。マズイ、これでは俺らも重力に巻き込まれる。


「悪いみんな、巻き込むぞ!」


 俺はそう叫んで魔銃を撃ち放つ。ルチアが俺と近くにいたヴィゴさんを咄嗟に咥えてくれた。みんなの悲鳴が聞こえる。すまん。大量の蟻に囲まれてパニクった。加減を誤って押し潰すどころか地面ごと抉っちまった。俺たちは魔法の効果が切れるまで一気に下の階層へと壁(?)を突き破って落ちていく。


――各階層の守護者たちが怒り狂ってる波動を感じるよ。


 ルチアが苦笑交じりに送ってくるが、これはこれで最適解だったんだな。最初から土魔法で穴を空けて降りれば良かったか? そうすればハミルもカミラもエドも……いや、過ぎたことは仕方ない。とはいえ降りたといってもせいぜい二階層程度で、まだまだダンジョンマスターのいる階層ではないそうだ。


「ソーどの、どうやら分断されたようじゃぞ」

「マティアスたちとはちょっと距離がありましたからね。ダンジョンマスターめ、一気に数を減らす気か」


 危なくなったら逃げてくれよ、みんな。少なくともカミラが無事だというのは、彼女がかけてくれた緊急脱出アージェントの紋章が消えていないことで判る。俺とルチアとヴィゴさん。そしてマティアス、ダミアン、アガサ。見事にパーティーがシャッフルされて半分に別れちまった。まだまだ魔物モンスターの気配が多いというルチアからの嬉しくない情報に、俺は苦笑を噛み殺しつつ進むことにする。


 少しだけ、不安に押し潰されそうになっているのは内緒だ。

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