第4話 暗殺者、子狼と契約する
巨狼は目立った外傷はないが、俺が現れる前に何度か胴体を締め上げられたりしていたのか、たまに血の塊を吐く。そのたびに子狼は悲しげな声をあげるが、巨狼は身体を動かすのも辛いようだ。
『母さん、母さん!』
『無事で良かった……異世界の人よ、我が子を守って下さりありがとうございます』
「い、いや俺は別に。それよりもあんたの身体の方が」
『わたしは、もう助かりません。勝手なお願いですが、どうかこの子を……お願いします』
『母さん!』
「おい、しっかりしろ!」
大きく身体を震わせたと思うと、巨狼の全身から力が抜けた。やがて大蛇と同じく淡い光の粒を放つ。肉体は消え失せたが爪と毛皮、牙が地面に残った。それらに触るとまだ温もりが残っていて、俺は気付くとなぜか泣いていた。暗殺者の俺は、いつも死と向き合ってきた。人間相手は仕事と割り切っているせいか心が凍り付いていたが、今回の巨狼の死は妙に心に突き刺さった。
『母さん、母さん……』
「泣ける内に泣けよ。お前、父親はいるのか?」
遺された毛皮に頭をこすりつけている子狼に尋ねると、涙を流しながら答えてくれた。
『父さんはボクが母さんのお腹の中にいる間に、さっきの大蛇と戦ってボクらを守って死んじゃったんだ』
「そうか」
どうやら父狼は腹に子を宿した妻を守るために命を落とし、今回は母狼が子を守って命を落としたのか。天涯孤独か、俺と同じだな。
『お兄さん、ボクは見ての通りまだ幼生で様々な魔物から狙われる立場なんだ。お願いだ、ここで大蛇を退治してくれたのも何かの縁だ、ボクと主従契約を結んでくれない? そうすればボクは異世界人のあなたに生きる術を教えられる』
「この場合、主人はどっちになるんだ?」
『あなたの方だよ。というかいい加減、名前を知らないのも面倒だね。ボクはフェンリルのルチア。あと二ヶ月で成体になるんだ』
「そうか。俺は
『颯太? 珍しい名前だね。異世界人らしいけどこの世界じゃ違和感がありすぎるから、ソーと呼んでいい?』
「好きに呼べばいい。名前なんて俺にとってはただの記号だ」
牧野颯太という名は児童養護施設で便宜上付けられたもの。暗殺者組織に引き取られてからは、コードネームの“ファントム”と呼ばれることの方が多かったからな。愛称で呼ばれることなんてなかったから新鮮だ。
「で、ここは何処なんだ? 俺のいた世界ではフェンリルは神話の中に存在する、想像上の生き物なんだが」
『ここは万物の創造神にして最高神デウス神が統括する世界だよ』
さらに俺たちがいるこの洞窟は、世界の中心部に位置するディードリー大陸北部に広がるドレッラ=インデの大森林。その中ほどにあるフェンリルの巣穴、らしい。だがここはルチアの両親が見つけた巣穴で、
『ボクもあと二ヶ月で成体だから、どのみちここを出なきゃいけなかった。でも両親は既に亡いから、いつか番を見つけたらここに住もうと思うんだ』
「フェンリル族って個体数は多いのか?」
『そんなに多くはないよ。子どもは平均で三から四頭生まれるけれど、成体まで無事に育つのは多くて二頭くらいかな。ボクらは神様に仕える神獣で、魔族や魔獣にとって喉から手が出るほどの栄養源なんだ』
成体は戦う力があるけれど、幼生はそうじゃないとルチアは悲しげに続けた。
『成体になるまで二百年かかるけど、やっと強くなれる。ソーと契約したから、ボクは父さんと同じくらいに強くなれるんだ』
「そうか。俺はこの世界に飛ばされたばかりで何ひとつ判らない。よろしくな」
『うん、よろしくマスター』
俺はルチアに言われるまま手を彼(彼女?)の額に当てる。すると真っ白な光が俺たちを包みやがて消えると、左手の甲に紋章が浮かび上がった。これで契約完了らしい。甘えるようにルチアがすり寄ってきて、そっと背中を撫でているといつの間にか俺たちは眠りに落ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます