第10話 魔銃士、森の中で現地人に遭遇する

 いつものように朝を迎えたが、今日を限りに巣穴ここを去るのかと思うと何だか少し寂しい。それはルチアもそうだろう、父親亡きあと母親が守ってきた巣穴だ。外の世界に出ることに多少の不安はあるに違いない。彼は神獣で祖先の記憶を受け継いでいるとはいえ、成体になったばかりの若い個体だ。まだ外敵に狙われやすい。


「ルチア、少しずつ外の世界に慣れていって強くなろうな」

『ソーと一緒なら大丈夫。ボクはマスターであるソーを死なせるようなことはしないよ』

「俺も、ルチアを死なせるようなことはしない。大事な相棒を見捨てたりなんかしないから、安心しろ」

『うん……あ、誰か来る』


 ルチアの嗅覚と聴覚が、何者かの気配を捉えたらしい。さすがだな、俺の聴覚はなにも捉えていない。とりあえずスキル・隠密を発動させておく。下草が密集した箇所に身を潜めると、ルチアは不可視の結界を自分の周囲に張る。巨大なフェンリルが森の中にいたら、最悪攻撃されるからな。


――若い、というかまだ幼さが残る男女が四人かな。どうやら薬草を採取してるみたい。

――普通の村人か?

――うーんボクが見る限り、駆け出しの冒険者かな。粗末な革鎧の匂いがする。


 主従契約特典とも呼べる念話で会話する。これ便利。契約前のルチアは吠えて俺に思念を送ってきたけど、契約後はスキルを発動していようと距離があろうと念話が可能だ。ルチアは聴覚と嗅覚から得られる情報で、近くにいる人間の具体的な情報を送ってくれた。


――近付いても大丈夫かな。

――問題ないと思う。ソーの服装を奇妙に思われるかもしれないけれど、東方の国はここと文化も風習も違うから、誤魔化せると思う。


 ルチアの言う東方の国とは、ひとつの王朝が纏め上げている連合国家。ここからあまりにも遠すぎて、東方人を実際に見た者は皆無に等しいから、珍しい格好をしている転移者は例外なく東方から来た、と認識されるらしい。面倒を避けるために、余計なことは言わない方が無難だな。


 俺はスキル・隠密を解除して気配を出すと、現地人たちの方へと歩き出す。ルチアは不可視の結界をかけたまま付いてくる。潜んでいた場所から右へ五十歩ほど歩くと、話し声が聞こえてきた。俺の足音が聞こえたのか、会話が止んだ。下草は短いものに変わっているので、俺の姿がハッキリと見えたのだろう。薬草を採取していた四人組が一斉に俺を見て立ちあがった。


「やあ、こんにちは。道に迷ってしまってね、森から出るにはどっちへ行けばいいんだい?」


 できるだけ相手に警戒心を抱かせないよう、笑顔で問いかける。明らかに現地人とは違う容貌と服装の俺に、旅人が迷ったと誤解してくれた彼らは、警戒心を緩めてくれた。甘いな、この辺りがルチアの言う駆け出し冒険者ってわけか。気を緩めずにいつでも武器を手に攻撃できるようにしておかないと、命が幾つあっても足りないぞ。ま、そんな俺の心中での警告は彼らに届くわけもなく。


「わたしたち、これからテリベの村に戻る所なんです。旅人さん、良かったら一緒に行きませんか?」


 リーダー格らしい見た目が十五、六の少女が笑顔で言ってきた。


「ありがとう、同行させて貰えると嬉しい。森の中を迷って、ようやく人に会えたんだ」


 教えてもらった全世界共通語を駆使して、俺は四人組の警戒心を解きつつ行動を共にする。彼らはルチアの見立て通り新米冒険者で、ポーションの材料となる薬草採取のクエストに来ていたとのこと。冒険者ランクは最低のFで、Fランクはこういった採取クエストしかやらせてもらえない。でも数をこなせばランクを上げられるから、今は地道に頑張っているとのこと。


 四人ともテリベの村で生まれ育った幼馴染みで、冒険者登録をしてパーティーを組んだばかりだという。俺も冒険者ギルドには用があるので、彼らと共にギルドへ行くことになった。

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