第44話 魔銃士、初めてのダンジョン踏破に挑む・8
上の階で俺が水魔法を使ったせいか、天井から滴が落ちてくる。鬱陶しいと思うほどではないけれど、ときおり首筋に入ってひゃっ! ってなる。
――だいぶ魔力が濃くなってきた。ダンジョンマスターの部屋も近いと思う。
ルチアからの情報をヴィゴさんにも共有し、俺たちの気合いが入る。だが分断された他の三人のことが気になる。マティアスたちのことだから無事と思いたいけど、どこへ飛ばされたんだろう。まさかいきなりダンジョンマスターの部屋へ飛ばされていないよな。俺はマナを充満させるために今後は魔法の使用を制限するよう、ルチアに強く諫言されてしまった。近接戦闘で渡り合える
「ソーどの、なにやら水滴の量が増えておらんか。そう思わんか?」
「そう言えば……水滴どころの騒ぎじゃない」
いつの間にか水滴がシャワーのような勢いになっている。それはどんどん勢いを増していき、水道の蛇口を目一杯開いたかのような水量が天井から降ってくるようになってきた。
「おいおい、さっきの復讐で今度は俺たちを水責めにする気かよ!?」
性格の悪いダンジョンマスターのことだ、やりかねないな。いつの間にか足下はぬかるんでおり、歩きにくくなっている。上からの水量はもはや滝だ。ルチアが俺たちを背中に乗せて走り出す。水責めにされているせいか、さっきから
――ソー、あそこだけ魔力が僅かにある。
フロアの突き当たりが、わざとらしく赤い光を放っている。明らかに罠と思われる箇所なんだが、本来の大きさになっているルチアの胸元まで水が届いており、俺たちが地上を歩くことは不可能だ。ルチアが水の抵抗をものともせずに突き進むと、そこにあったのは――。
「は? 用水ハンドル?」
壁に水路のハンドルが埋め込まれている。すんげーシュールな光景。これを回せば水位が下がって脱出できるのかもしくは、次の階層への入り口が開くのか。ただ警告のように揶揄うように赤い光が明滅しており、怪しさ満点なんだが。迷っている間にもどんどん水位は上がってきており、ルチアの顎の下まで来た。用水ハンドルも半分まで水に浸された。これは迷ってる場合じゃない、罠と判っていてもコイツを回さないと俺たちは溺死しちまう。
「ルチア、ヴィゴさんを頼む!」
俺は背から滑り降りると用水ハンドルの傍まで行き、立ち泳ぎでそれを掴む。車のハンドルに似た形状のそれは素材は何で出来ているのか。金属のようでありながら木の温もりすら感じられる。躊躇いは一瞬、俺は勢いよくハンドルを時計回りに回す――が、ビクともしない。
「あれ? 反対回りか?」
反時計回しにしても、これまた錆び付いているかの如く動かない。どうなってんだよ、右も左も駄目ってこれ飾りなのか!? 俺の頭の上まで水が被り、息が出来なくなる。慌ててハンドルから手を離し天井から三十センチほど空間があり、ルチアは鼻をそこから出している。ヴィゴさんは天井の出っ張りに掴まっており、何とか二人とも呼吸は確保している状態だ。今のところ放水はされていないが、いつダンジョンマスターの気まぐれで再開されるか判らない。どのみち時間がない。
「どういうことだよ、どっちに回しても反応がないなんてよ!」
俺は大きく息を吸い込むと水中にある用水ハンドルをもう一度掴む。だが左右に回してみても動かない。壁にナイフを突き刺してみても、何の変化もない。それどころか土壁に見えて用水ハンドルの周辺は金属製らしく、ナイフの切っ先が嫌な音を立てた。
――ソー急いで! また水が降ってきた!
マジかよ、水が増えたらルチアはともかくヴィゴさんが呼吸できなくなる。俺は呼吸をしに浮上すると、十センチほどしか余裕がなくなっている。ヴィゴさんはルチアの
――ソー! ボクも鼻が!
マズイ大事な相棒のピンチだ。だがどうやっても用水ハンドルは動かない。俺の中で苛立ちが限界点を超える。ふざけるなよ、ダンジョンマスター! 死んだら化けて出てやるからな! 怒りに任せて用水ハンドルを揺さぶるように押した。
ガコッ。
重い音がして、あんなに動かなかった用水ハンドルが壁の中に吸い込まれていった。すると地面が消失し水が一気に下層へ流されていく。
……はああああっ!? なんだよそれ、普通は左右のどちらかに回すものじゃないのかよ! あぁ心理トラップか、思い込みを利用しての。くそ、ヴィゴさんが何度も言ってたじゃないか。このダンジョンマスターは底意地が悪いと。
――ありがとうソー、信じてたよ! 助かったよ!
ルチアの感謝の言葉を聞きつつ、俺たちは地面が消失したことによってひとつ下の階層へ行くことが出来た。どうも今回は守護者はいなかったらしく、あの用水ハンドルのトラップをクリアすることが条件だったようだ。上の階を水浸しにしなくても、この階層はもともと水責めにされる予定だったようだ。しかし用水ハンドルは右か左に回すもの、という固定観念を利用してのトラップだったな。怒りにまかせて力を込めて押したから、偶然にトラップを解除できたけれど今後もこういった底意地の悪いトラップが待ち構えているとみていいだろう。
固定観念は捨てる。
俺はひとつ学んだ。アガサならこの罠を見抜けただろうか。仲間が気になって左手の掌を見て、俺は思わず声をあげた。カミラが付けてくれた
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