第45話 魔銃士、初めてのダンジョン踏破に挑む・9

 水が大量に流れ落ちたはずなのに、下の階層には何の影響もなかった。いや正確に言えば、うっすらと空気が湿っていることに不気味さすら感じる。梅雨時の鬱陶しい空気感。あれがこの通路に充満している。


「あれだけ大量の水がどこに消えたんだよ」

「わからんが、どうやら魔物モンスターのお出ましのようじゃぞ」


 見れば動くキノコたちが群れをなしている。赤や紫色の傘を持つ、見るからに毒々しいキノコたち。奴らが身体(?)をぶるっと震わせると俺たちは咳き込んだ。ルチアもくしゃみが止まらなくなり、苦しそうだ。


「な、何じゃこれは? 目に見えん攻撃……花粉? いや胞子やカビ類の攻撃か!」

「カビ? ってことはこいつらの攻撃って、状態異常がメインか!」


 俺たちは慌てて鼻や口を覆うが、既に吸い込んでしまった分は確実に俺たちの身体を蝕んだ。胞子やカビだとすると、非常に小さいために厄介だ、視認しづらい攻撃は対応しづらい。可哀想にルチアはくしゃみのしすぎで、呼吸もままならない。全身を震わせてくしゃみをする姿に、俺たちまでつられるように鼻がムズムズしてきた。


「ぶえーっくしょい!」


 ヴィゴさんの豪快なくしゃみを皮切りに、三人のくしゃみが通路に響き渡る。くしゃみをするたびに頭に霞がかかったかのようにぼんやりしてくる。まさか、遅効性の毒でも仕込まれてるのか? 視界がかすんでくる。魔銃を取り出して構えようとすると、ルチアから警告が入る。


――駄目だソー、この空間には魔力阻害の結界が張られている。ボクの上位古代語魔法ハイ・エインシェント・マジックの魔力すらも阻害されてる。集中が出来なくて、簡略詠唱すら出来ない。ハ、ハクシュン!


 マジかよ。頼みの綱のルチアが魔力妨害されているなんて。俺のマナはさっき魔力補給で充填されたけど、今後ダンジョンマスター討伐のときのために取っておきたい。だけどどうすりゃいいんだ、魔法は封じられ呼吸もままならない。身体は毒に冒されていく。やべ、呼吸が苦しい……。


「しっかりしろ、倒れるんじゃねーぞ!」


 怒号と共に強風が吹き荒れ、俺たちは立っていられずに転がされた。途端にあんなに苦しかった呼吸が楽になり、新鮮な空気が肺一杯に満たされる。さっきの声はマティアスだ、よかった無事だったんだな。声のした方を見ると……なんだ!? 完全に竜化したマティアスが槍を構えて仁王立ちしている。隣にはダミアンもおり、大剣を振り回して守護者らしい巨大なキノコを相手に奮戦している。


「コイツを斃せば魔力阻害の結界も消えるはずだ、もうちょっと辛抱してくれよ!」


 ダミアンは大剣を軽々と横薙ぎにし、大人が二人がかりで手を回してやっと届きそうな傘を切り刻む。その間に完全態の竜化を遂げているマティアスは、背中に生えた大ぶりな一対の翼をはためかせ風を送り込み胞子を吹き飛ばしていく。


「この形態になれば使えるんだよな、ドラゴンブレスがよ!」


 言うなりマティアスは口を大きく開けると灼熱の炎を吐き出した。それは青ではなく白い炎だったが充分すぎるほどに熱い。ダンジョンの壁などは滅多に壊れたりすることはないと聞いていたが、あまりの高熱に溶け出しているところがある。そんなに広くない通路のせいか熱は充満し、ダミアンが傷つけた守護者はその高熱に悶えながら燃え尽きた。断末魔の悲鳴を上げながら。ダンジョンの壁はダンジョンマスターが生存している限り、自動修復されるらしく、熔けかけた壁が再生していく。


「大丈夫か師匠、えっとソー」

「いやー助かったわい。お前たちこそ無事じゃったか。ん? 盗賊シーフの嬢ちゃんはどうした?」

「彼女は……ここに来る途中の階段でトラップにかかった。罠の存在に気付いて、俺を突き飛ばし腹を貫かれちまった」


 アガサの死の状況が脳裏に浮かぶようだ。


「嬢ちゃんは俺が踏んでしまったスイッチに反応して、飛んできた槍から俺を庇った。くっそ、あんないい女に庇われるなんて。俺が庇うべきなのに」


 意外とフェミニストな一面を見せるダミアン。それとも自責の念からか。


「お前さんならこれを扱えるかも知れないと思ってな、形見を受け取ってくれ」


 アガサが使用していた炎竜の鱗から作られたという鞭を差し出すダミアン。彼女が一人前になったときに師匠から貰ったという、世界に七本しかないという貴重な鞭。手に取るとほのかに温かい。竜鱗を幾枚も繋ぎ合わせて鞭にしたので、当たると骨が見えるほど抉れる裂傷が出来る上に焼かれるというオプション付き。そのくせ驚くほど軽い。素早さ重視の盗賊シーフ暗殺者アサシンが持つには最適な武器だ。


「アンタが持っている方が、彼女も喜ぶと思って」

「そうか」


 短く答えると俺は同時に受け取った特殊なベルトに丸めた鞭を収納し、自身のベルトに括り付けた。銀の翼のメンバーがこれで全滅した。短い付き合いだったが濃密な時間を共に過ごしたメンバーたち。寂しくないわけがない。


――ソー。

――大丈夫だよ……多分、な。

――ボクが傍にいる。ボクは絶対にソーを置いていかないから。

――頼むよ。


 ルチアの心遣いが嬉しい。俺はさりげなく身体を寄せてきた相棒にそっと寄り添い、豊富なもふもふに顔を埋めて彼らのためにそっと涙を流した。多分マティアスたちも気付いているだろうけど、気付かないふりをしてくれる心遣いがありがたい。みんな、無念だったろうな。でも初めて組んだパーティーのメンバーがみんなで良かった。本音だよ。

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