第2話 暗殺者、異世界へ転移したことに気付く

 目を開くと、ほんのりと発光している岩の天井が俺を見下ろしていた。明るさは夜明け? 逢魔が刻くらい? で、完全に視界を奪われてはいない。割と明瞭に周囲が見えるのは安心したが、疑問は盛大に主張する。俺は屋外にいたんだぞ、曇天で雨に打たれているならばともかく、岩肌に出迎えられるなんてどうなっているんだ? 恐る恐る両手を握ったり開いたりしてみると、正常に動く。両足も同様に確認するとちゃんと動く。どうなっているんだ? 俺はあのとき確かに雷に打たれたはずだ。いや待て、打たれた衝撃は感じていない。視界が真っ白になったまでは覚えている。


「ってか、ここは何処だ?」


 仰臥したまま目だけを動かし、周囲の状況を確認する。少なくとも俺の周囲に危険物はなさそうだ。ゆっくりと俺は上体を起こし、左側のショルダーホルスターに納めた愛銃のコルト・ガバメントを確認する。意識を手放す前に握っていたナイフは、すぐ傍に転がっていた。刃物を手に取り立ちあがる。その瞬間だった。今まで一切の音を遮断されていたかのような空間に、様々な音が洪水のように俺の耳に叩きつけられてくる。音だけでなく、地面が揺れている。


「な、なんだぁ?」


 左手にナイフを持ち替え、コルト・ガバメントを素早く引き抜きいつでも撃てるように警戒をする。突然、狼の遠吠え? 咆哮? が聞こえた。しかし反響するせいかどこから聞こえてくるのか判らない。野犬がいるのかとナイフを構え、近くの壁に背を付けて身構える。すると壁が後方に動き、俺は咄嗟に受け身を取ったものの坂を転げ落ちていく。


「うわあああっ!?」


 予想外のトラップに思わず声が出る。マズイ、俺の叫びを聞いて野犬が来たら不利だ。群れをなして攻撃されたら、いくら俺でも太刀打ちできない。長いような短いような距離を転がり落ちると、咆哮と揺れがさっきよりも激しくなった。素早く立ちあがり身構え、周囲の状況を確認すると。


「でっけぇ蛇と狼? しかしなんてデカさだよ、どっちも二メートルくらいあるじゃねぇか」


 正確に言えば蛇はとぐろを巻いており、鎌首をもたげた大きさが二メートルほどという意味だ。全長はざっと換算して三メートルほどか? 一方、真っ白な被毛が美しい狼は体高が二メートルほど。二足で立ちあがったら蛇と同じくらいかもしれない。どうやら二匹は争っているらしい。


 蛇は狼の首に巻き付こうとするが、純白の狼はさせまいと大口を開けて噛み付いていく。優劣は付けがたく。どちらかといえば、蛇がやや優勢か? 狼は攻撃よりも守勢に重きを置いているように見え、俺は狼の足下で何かが動くのを見た。


「もしかして、あの狼の子ども?」


 子狼は大型犬くらいの大きさだ。親と同じく真っ白でふわふわの被毛が、サモエドを連想させる。やべ、犬好きにはたまんねぇなオイ。今すぐあのサモエドもどきを撫で回したい。思い切り犬吸いしたい。俺は殺しの依頼完遂率100%の、自分で言うのも何だが一流の暗殺者だ。そんな俺の唯一の弱点が、犬だ。彼らがいると暗殺が出来ない。意識の半分以上を持ってかれるからだ。


 どうやら蛇が狙っているのは子狼らしい。執拗に親狼のガードを掻い潜って地面に近付こうとするが、猫パンチならぬ犬パンチも時おり飛んでくる。思い通りに行かないことに苛つくのか、うねうねと蠢く。


「ここが何処かわかんねーけど、可愛いわんこに仇なすものは俺の敵!」


 俺はコルト・ガバメントを構えると、蛇の頭に鉛玉を取り合えず三発ぶち込む。手応えあり。そう思ったのだが……蛇は蚊に刺されたかのような感覚なのか、鬱陶しげに俺の方を見た。


 嘘、銃弾が効いてないのかよ? 目覚めたときにチラッと嫌な考えが浮かんだが、どうやらそれは正解だったのかもしれない。


「まさかここって、異世界なのか? 俺、異世界に転移したって? はは、漫画やアニメじゃあるまいし」


 大蛇と巨狼、そして子狼の視線が俺に向けられた。この中で一番の弱者は多分、俺だ。やべ、真剣に死を覚悟した。一日に二度も死を身近に感じるなんて、夢なら醒めて欲しいよ、まったく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る