第6話 暗殺者、世界の理と人間社会のルールを学ぶ・2

 世界の成り立ちの後は、人間社会のことだ。


『人間の言語は全世界共通語というのがあって、これは国や地域が違ってもコミュニケーションが取れるように、デウス神が定めた言語だよ。もちろん各国独自の言語もあるけど、共通語のお陰で亜人たちも人間と意思の疎通が出来ているんだ』


 前に居た世界でいうところの、英語みたいなもんか。しかし亜人たちも全世界共通語を話すようにしたデウス神って、すごいな。通貨の単位はこれまた全世界共通でオーラム。金貨、銀貨、銅貨があって紙幣はない。金貨は日本円で一万円、銀貨は千円、銅貨は百円と同じくらいだな。宝石(貴石)は装飾用で取引され王侯貴族専用のものらしい。一般庶民には鉱石や魔石の方が重要だ。


『鉱石は人間やドワーフの鍛冶職人に高値で取引される。希有なミスリルやアダマンタイトがごく稀に含まれているからね。魔石は魔物を退治したときにたまにドロップされる、命の結晶のようなものかな。冒険者ギルドとかに併設されている鑑定屋に持っていけば、価値を教えてくれるし買い取ってもくれる』


 そしてルチアは母が残した毛皮や爪、牙に視線を送った。


『フェンリルの毛皮などは滅多に手に入らない希少品で、毛皮は王侯貴族に献上される。爪や牙を素材に武器が作られたりする。ソーは母さんの残してくれたこの素材を使って、武器などを作ればいいよ』


 ルチアの目が哀しみに満ちている。俺は前の世界では非情な暗殺者だったが、母を亡くしたばかりの子どもに対して無慈悲な人間ではないと自負している。


「売ったりしないよ。毛皮は暖かそうだし何より分厚いし軽い。防具代わりになりそうだし、爪も牙も加工して俺が素手で戦うときの武器にする。他人に売り払ったりしない。形見として、大切に使わせてもらう。ルチアも母さんが傍にいるようで安心するだろ?」

『ソー……』


 我慢していたのか、ルチアは泣き出した。そうだよな、もうすぐ成体になるとはいえ母を目の前で亡くしたばかりの幼生だ。まだまだ泣き足りないだろう。俺はサモエドサイズのルチアをもふもふしながら、爪も牙も鉤爪かぎづめにして両手に装備しようと考えていた。


 休憩を取った後に今までのことを軽く復習すると、俺が完璧に覚えていてルチアが驚愕の声をあげた。記憶の中にある転移者は、下手をすると年単位でルールを覚えていったのに俺は僅か数時間で記憶している。前にも言ったが、暗殺者は他国で行動することも多い。そのために怪しまれないよう風習や言語を短期間で覚えるよう訓練してきたんだ。


『じゃあ次に、各ギルドについて説明するね』


 俺の知識にあるのは冒険者ギルドなど、ファンタジー物によく登場するものだ。想像通りこの世界にもそれらはあるが、国が管理するのではなくギルド自体が独立していてむしろ、国の干渉を撥ね除けているらしい。


 冒険者ギルド、商人ギルド、工匠ギルド、暗殺者ギルドなどといったギルドがあり登録すると身分証が発行され、どの国や地域にも入れる。しかし犯罪を犯せば登録は抹消され、罪の重さによっては永久剥奪ということもあるようだ。過去に冒険者ギルドに所属していた冒険者のパーティーが山賊へと堕ち、永久追放された例がある。


 暗殺者ギルドにも厳しい掟があり、依頼人が指定したターゲット以外の人物を殺してはならないという不文律がある。顔を見られても気絶させるかギルドへ連れ帰り、記憶を消去する魔法をかけて元の場所に戻さねばならんらしい。……面倒くせぇな、この世界の暗殺者ギルドって。


 登録は何処の国のギルドでも出来て、廃業しない限りは全世界を自由に行き来できる。特に冒険者と商人は自由が約束されており、それこそ世界を股に掛けて活躍している。工匠ギルドに所属する鍛冶職人や工具職人は、腕が良いと国が離してくれないようで不自由さが目立つ。国とギルドが対立することも多々あり、過去にはブチ切れたギルドがその国に一切協力しなくなり、やがて国は衰退し滅亡したこともあったそうだ。


 職人を怒らせるなんて、自殺行為だな。特に武器防具を扱う職人にはドワーフもいて、彼らがその国を無視して敵対する国に優秀な武器防具を提供したことも滅亡の要因のひとつだったそうな。


 それほど各ギルドには治外法権が認められており、どんな大国だろうとギルドと所属する人間の権利を阻害することは出来ない。いいなぁ。とことん自由なんだな、ギルドに所属すると。まぁ自由な反面、全ては自己責任ということでもある。権利ばかり主張して責任は無視する、前の世界の(ごく一部の声がでかい)人間たちがギルドに所属したら自滅しかねない。それほど自由であり厳しい世界だ。

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