第10話
「やっちまったー……」
翌日まで俺は昨日やってしまった事を後悔していた。
昨日あった事というと、朋絵ちゃんをベッドの上に押し倒しかけた事とか、その後に彼女に言った事とか。
なんだかいけそうな気がしてあんな行動をしてしまったが、思い出してみると完全にキモチワルイおっさんだ。
実際朋絵ちゃん、逃げるように家から去っていったし。
あー、絶対好感度下がっただろ。
俺の夢のハーレムが遠のいたのを感じる……
と、まあ。
そんな風に後悔していても日常というのは遠慮なく進んでいくもので。
今日も今日とて朝ごはんを作ったあとは家の掃除をしたりゴミ捨てをしたり。
その後はひたすらパソコンを睨み続ける。
今日もまたそのサイクルを送るつもりだったのだが。
しかし、今日は少しだけ状況が変わった。
「あら……?」
「ん?」
ゴミ捨て場にて。
燃えるゴミを捨てるためにその場所へ訪れたところ、そこで一人の女性と出会う。
黒髪に赤い瞳の女性。
竜胆、愛奈さんだ。
学生の子を持つというのにあまりにも若々しい外見を持つ彼女は、俺を見るなり目を見開く。
「えっと、その。武さん、でしたよね?」
「あ、はい」
「その、こんにちは?」
「ああ。こんにちは」
実のところ言うと、彼女と遭遇した機会はこれまであまりなかった。
単に運が悪かっただけで、出会う時は本当にばったりと出会ったりするのだが、こうして彼女の方から話しかけられるのは初めてかもしれない。
しかしこうして出会ったところで、まだ井戸端会議に洒落こんだり出来る程仲が良い訳ではない。
とりあえずこうして会話出来ただけでも運が良かったと思おう、そう考えてとりあえずぺこりと頭を下げてその場から立ち去ろうとした、その時だった。
「あの!」
「……?」
彼女、愛奈さんに呼び止められる。
なんだ、と振り返ると彼女は少し迷ったのち、こんな事を言ってくる。
「この後、少々お時間ありますか?」
「……え?」
答えは一つしかないけれど、しかし一瞬戸惑ったのは事実だった。
◆
「どうぞ、お紅茶です」
「あ、どうも」
目の前に置かれた紅茶を俺は一瞥し、俺は愛奈さんの事をみて感謝の言葉を告げる。
彼女の眼には俺は落ち着いて見えているだろうか。
実際、心の中は絶賛混乱中であり、それが表に出てこないか凄く不安だった。
今、俺がいるのは竜胆さんの家のダイニングルーム。
そこで俺は椅子に座っていた。
愛奈さんは俺の対面の席に座って自身の紅茶を啜り、ふうと息を吐く。
「ダージリンの紅茶です。そこまで値があるものではないものですが、味は良いと思います」
「はい」
「あ、お砂糖やミルクは必要でしょうか?」
「ああ、大丈夫です。それと、口調はもう少し崩して貰っても構わないですよ?」
「あら」
俺の言葉を聞き、彼女は目を丸くする。
ん?
俺、変な事言ったかな。
「いえ、その。てっきりこうして丁寧な口調じゃないと嫌なのかしらと思って」
「それは、どうして?」
「……その、貴方のお兄様が、そのような方だったから」
愛奈さんは言いにくそうにその事を告げる。
ああ、そうなのか。
兄貴はそうだったのか。
まあ、そう言う事もあるかもしれない。
俺は気軽に、「俺はそういうのは、あまり気にしないタイプなので」と言うと彼女はほっとしたように「分かったわ」と頷いて見せる。
うーん、なんだか初対面の時しきりに警戒されてたような気がしたけど、もしかして兄貴の所為だった?
まったく、面倒な置き土産をしてくれたものだ。
しかし、どうしよう。
この状況、原作の俺としてはチャンスでもある。
原作に置いて、『天童武』は彼女を強引に襲い、その後その状況を撮影してそれを脅迫の種にして彼女を言いなりにするのだ。
まあ、NTRゲーには有りがちな展開だと思う。
しかしまあ、今、そんな気分じゃないしなー。
というか原作的に結構力比べで拮抗していたような描写があった気がするし、そんな五分五分の賭けをここでする訳にはいかない。
俺、力勝負に自信ないし。
「それでえっと、何か、俺に用があったのでしょうか?」
「貴方も口調は崩して貰っても構わないわ……その、ね。私が貴方に聞きたいのは、桜子ちゃんの事なの」
「桜子ちゃんの事?」
「あの子、その。優秀でしょ? だから無理しているんじゃないかって思って。ご両親が亡くなって精神的に辛いだろうに、だけど私と会う時はそんな素振り全然見せないから」
「あー」
確かに、そのような節はある。
俺に対しても彼女は自身の弱いところを見せる機会がほとんどない。
最近はそういうところが改善されたような気がするし、控えめだけどご飯のリクエストをしてくる時とかもある。
最初は何と言うか、本当に警戒されてたような気がした。
だから俺もあまり距離を取ろうとはせずに彼女の好きなようにさせていたので、こうして彼女の方から歩み寄ってくれたのはかなり良かったと思う。
愛奈さんも言った通り、桜子ちゃんは素で優秀なのでこちらがヘタな手を打つと間違いなく距離を取られ、最悪の場合バッドエンドへと行き着く可能性がかなり高い。
「大丈夫ですよ」
俺は愛奈さんに対して安心させるように言う。
「あの子の事はちゃんと、俺が支えていくつもりなので。無理はさせないように、これからもちゃんと見守っていくつもりです」
「そう、それは良かったわ」
「それより、愛奈さん。俺としては貴方の事も心配ですよ」
「え、私?」
きょとんとする彼女に俺は苦笑して見せる。
「年頃の男の子を一人で育てるのは大変だと思います。もし人手が必要な時は、すぐに俺に言ってください」
「ふふっ、そうね。その時は素直に助けを求めさせて貰うわ」
くすくすと笑う彼女に、やはり愛奈さんは大人の女性だなと改めて思う。
なかなかに崩れない。
まあ、そこら辺は長期的にやっていくとしよう。
「それじゃあ、これで俺は帰らせて貰いますね」
「あら。もうちょっといてくれてもこちらとしては良いのだけれど、もしかして何か用事があるのかしら」
「ええ、ちょっと個人的な事が。まだ家の掃除とかも終わらせていないので」
「それも、そうね。それじゃあ、玄関まで送らせて貰うわ」
そう言い立ち上がった愛奈さんに合わせるように俺も立ち上がる。
そしてその場から立ち去ろうとした、その時だった。
「きゃっ……!」
「え、危ない……!」
愛奈さんが机の脚に引っ掛かり、転倒し掛ける。
その先にいた俺は咄嗟に振り返り彼女を抱き留める。
ずん、という衝撃が身体を襲う。
重――くはない。
むしろ見た目よりも軽かった。
「あ、わ」
と、彼女は突然の出来事に目を白黒させ俺の胸の中でしばらく呆然としていたが、すぐに我に返り。
「ご、ごめんなさい……!」
と、距離を取られる。
「ごめんなさい! わ、私ったら……」
「いえ、愛奈さんが怪我しなくて良かったです」
彼女に笑い掛けつつ、ちょっと内心冷や冷やする。
やっばい、偶然とはいえボディタッチは流石に早いって。
精神的に距離を取られるぞ。
とはいえ、こちらから出来る事はないのも事実。
仕方がないので、ここは離脱する事を選択する。
「そ、れじゃあ。俺はここでお暇させて貰いますね」
「え、ええ」
結局その後、俺は彼女に玄関まで見送られる結果となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます