第16話
「という訳で、今週の土曜日に友達が遊びに来るんですけど、大丈夫ですか?」
「と、唐突だねぇ……」
「……ええ、それはその友達にも言われました」
「まあ。俺は大丈夫だから、桜子ちゃんはその友達と好きにしていると良い……ところで、その友人ってなんて子なんだ? もしかしてお隣の子?」
「いえ、金剛夜月さんっていう一年生の子なんですけど」
「……ふーん」
え、マジ?
何故にその方向でヒロインの一人が家に訪れる事になるの?
ていうか桜子ちゃん、金剛夜月と知り合いだったの?
いろいろ突っ込みたいところが山盛りだったけれど、しかし俺としては「分かったよー」としか言えなかった。
後はまあ、彼女の舌に合うような茶菓でも用意するとか。
金剛夜月はお金持ち出身の子なので、彼女の舌を満足させられるようなお菓子なんてなかなかないと思うけど。
お金持ちに限って庶民の味に飢えているなんて言うのは幻想なのだ。
結局、またもや自分でクッキーを作るという結論に落ち着き、ジンジャークッキーやらチョコチップを大量に投入したチョコクッキーやらしっとりクッキーなど様々なクッキーを製造する事になった。
なんだかんだでお菓子作りは楽しい。
砂糖を入れる時だけは目を瞑るけど。
あの量はマジでいつも本気か? って思う。
少なくとも毎日たくさん摂取していたら糖尿病になってしまうだろう。
お菓子は適量、それ大事。
もしかしたら遠足のおやつが500円までだったのはそれが原因だったのだろうかと年を取った今、そんな風に思ってしまう。
それはともかく。
「こんにちは」
「いらっしゃいー」
薄い茶色のロングヘアを右側でサイドポニーにした、黒曜石色の瞳の少女。
金剛夜月。
そして彼女を出迎えたのは日乃本朋絵だった。
……なんでいるの?
いやまあ朋絵ちゃん、暇さえあればいつも家に来ているから、今この時にこの場にいるのは決しておかしくないのだけれど。
「……なんで貴方がいるんですか、日乃本先輩」
その事情を知らないだろう夜月ちゃんは半眼で朋絵ちゃんを見る。
「いや、私は普通にこの家に用があるから来ているだけだよー」
「まあ、夜月さん。これは放っておいて良いから、早く席についてよ」
「これってなんだ、これって」
桜子ちゃんは割とぞんざいな感じで朋絵ちゃんを扱い、夜月ちゃんを招く。
その言葉で彼女はいろいろ気になる事はあるみたいだが、それは一旦気にしないようにしたようで桜子ちゃんの言った通りリビングのソファに腰を下ろした。
そこで俺は飲み物やお菓子を持って姿を現す。
「いらっしゃい。君が、夜月ちゃんだね」
「……貴方は?」
「ああ。俺は桜子ちゃんの叔父で、一応この家の家主って事になる」
「……はぁ」
警戒されているのだろうか?
まあ、されるだろうな。
そうでなくても夜月ちゃんは警戒心が強い方だし、更には彼女は大人と言う存在に対しあまり良い印象を持っていない。
結構大変そうだな、夜月ちゃんの警戒心を解くのは。
「それで」
「ん?」
「何の用です、天童先輩」
「何、とは?」
「何か用があって私を呼び出したんじゃあ、ないんですか? そう思って、諸々の予定を前倒しにしてきたんですけど、私」
「特別重要な予定は、ないよ」
「帰ります」
「待って待って。話しは最後まで聞いて?」
「……冗談ですから本気にならないでください」
冗談だったのか。
……夜月ちゃんも冗談を言うんだな。
まあ、それも冗談とは分かりづらいものではあったけど。
「今日はさ、夜月ちゃん。貴方とゆっくり話したいなって思って」
「はあ。話し、ですか」
「うん。夜月さん、ちょっと日頃の鬱憤が溜まっているように見えたから。だから、ここで私達と話してそれを発散して貰えれば良いなと思って」
「ストレス発散に付き合って貰う必要は」
「別にそこは遠慮しなくて良いんじゃないのー? 桜子さんだって好きでそういう提案をしたんだろうし、そこはむしろ当たって砕ける勢いでぶつけて上げた方が為になるってもんよ」
「……はあ」
夜月ちゃんは心底面倒臭そうに息を吐き、それから目を瞑る。
そして目を開くと、諦めたように二人に告げる。
「それじゃあ、ちょっと私の話に付き合ってください」
「お」
「うん」
「とはいえ、下らない話なんですけどね」
「あ、ちょっと待って?」
と、そこで桜子ちゃんはこちらの方を見る。
ん?
なんだ?
「一応、ここからはガールズトークなので、武さんは席を外して貰えると」
「あ、うん。分かった」
どうやら邪魔という事らしかった。
◆
「それでは、お邪魔しました」
その後、小一時間ほど会話をしていた彼女達。
それを終えた夜月ちゃんはさっさといった感じに離席し、帰っていった。
「何て言うか、やっぱり出過ぎた事だったでしょうか。あの子、なんだか悩んでいるみたいで、だからこうしてガス抜きがてらお話でもしようと思ったのですが」
「別に、あの子の事を考えてやったのなら、後悔する必要はないと思うぞ?」
「それは――ん?」
と、そこで桜子ちゃんはリビングにあるガラステーブルの上を見る。
そこにあったのは一冊の小さな手帳。
なんだろう、これは。
なんだか上等そうな見た目をしているけれど。
「これ、夜月ちゃんの忘れ物です」
「ああ、なるほど。それじゃあ、俺がちょっと届けに行くよ」
「え、でも……」
「大丈夫大丈夫。すぐに帰ってくるから」
そう一方的に言い、俺は勝手に出かける準備をする。
このタイミングを逃す訳にはいかない。
ここで彼女と会話出来る機会を逃したら、次、何時彼女と出会えるか分からないから。
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