第17話
金剛家は娘に対して割と寛容だ。
いや、寛容と言う表現は少し違うか。
放置気味と言う方が正しいかもしれないし、そして私とよーちゃんは正反対の理由で静観されている。
よーちゃんが両親から干渉されないのは、ひとえにしなくても十二分に優秀だからだ。
誰よりも賢く、誰よりも強か。
そんなよーちゃんの事を両親は信頼していて、だからこそ何をしても見て見ぬ振りをしている。
まあ、よーちゃんが危ない事やいけない事をするなんて事、今までした事がないのだけれど。
門限は守る、テストは何時だって一番。
優秀な成績を平然な顔をして、まるでそうする事が義務であるかのように。
そして私、朝日が両親から無視されているのは、単に出来損ないだから。
誰よりも劣っていて、誰よりも鈍い。
そんな私の事を両親は半ば諦めていて、だからこそ何をしても見ぬ振りをしている。
失敗も当然、まあ、自分に才能がない事は誰よりも自分が理解しているので、大きな失敗をしでかす事こそないのだけれど。
「……よーちゃん」
そして、今日。
よーちゃんは用事があって家を開けている。
珍しい事だ。
いつも休日は家に引き籠って勉強をしているか、もしくは図書館に出掛けている。
そんなよーちゃんが、今日は『友達』の家に遊びに行くという理由で家から出ていった。
あり得ない。
あの、優秀だけど対人関係を疎かにしている彼女が、『友達』だなんて。
アリエナイ。
「……」
ああ、ダメだ。
こんな事、考えてはいけない。
よーちゃんに『友達』がいる事はとても喜ばしい事なのだ。
だけど、でも。
「……先輩に連絡しよう」
耐えられなくなった私はスマホを取り出して先輩に連絡を取ろうとする。
しかしどれだけ待っても通話は繋がらず、私は「はあ」と嘆息しスマホをベッドの上に投げ出す。
先輩。
センパイ。
私にそっくりな人。
だからこそ私は、こんなにも彼に惹かれるのだろう。
これはきっと、恋じゃない。
もっともっと、最低な感情だ。
◆
「おーい、夜月ちゃーん!」
俺はゆっくりと歩くその背中に呼び掛ける。
すると彼女はゆっくりと振り返り、そして自身の元へと走り寄ってくる俺を見て胡乱げな視線を向けてくる。
「……はい?」
「はぁ、はぁ。わ、忘れもの」
「え……」
俺がカバンの中から取り出した手帳を見て、夜月ちゃんは思わずと言ったように「あ」と口にする。
そして俺に試すような視線を向けながら、尋ねてくる。
「それで、届けに来てくれたんですか?」
「あ、ああ」
「なんでですか?」
「う、うん?」
「別に、貴方がわざわざ届けに来る必要はないじゃないですか。それこそ、先輩。天童先輩が届けに来るのがむしろ自然な気がしますけど」
「ああ、うん。ちょっと、な。個人的な理由があって」
それを聞き、彼女は少しがっかりしたような表情をする。
「……やっぱり。で、どんな下心があってわざわざ走ってきたんですか?」
「ちょっと、君に学校での桜子ちゃんの話を聞きたいなーって思って」
「それなら、別に日乃本先輩にでも――ああ、いや。そうか」
と、何やら納得したように頷く彼女。
それからぼそりと、「まったく、これだから」と聞き取れないほど小さな声でぼやく。
「まったく、これだから」とはなんだろう?
凄く気になるんだけど。
それから彼女は一つ溜息を吐き、半眼で俺の事を見る。
「コーヒー1本」
「うん?」
「コーヒー1本奢ってください。それで2分、話に付き合ってあげます」
「君はなんて言うか」
「はい?」
「……いや、何でもない」
容赦ないというか、悪い意味で物怖じしないというか、そういうところを言ったら怒りそうなので言葉を飲み込む。
それから俺達は近くの公園へと移り、その途中で買ったコーヒーをベンチに座った夜月ちゃんに渡す。
「天童先輩は」
「うん」
「当たり前ですがとても優秀な人です。文武両道を体現している人。だから少し人から距離を取られている――いや、逆ですね」
「逆?」
「むしろ天童先輩の方から距離を取っている、ような気がします」
私とは真逆ですね。
そうも付け加えた彼女は、我に返ったように「な、なんでもないです。今のは聞かなかった事にしてください」と言ってきた。
むろん、そんな事はしない。
桜子ちゃんの話をしたいのはやまやまだが、しかし彼女にタイムリミットを設定されてしまった以上、その事を話すのは二の次。
今はとにかく、夜月ちゃんの話をしよう。
「君は、夜月ちゃんはあまり対人能力がないタイプなんだな」
「それは、いえ。そうかもですが。それはどうでも良い事ですので、そもそも今話す内容でもありません」
「そうだな。ただ、君がそんなタイプなのだとしたら、二人が友人なのは、桜子ちゃんの方から話しかけたからって事なのかな?」
「……ええ」
彼女は渋々と言ったように言う。
「それはとても感謝しています――けど、さっき言った通り。これは今関係のない話です」
「確かに関係のない話だが。ちょっと思ったのは、夜月ちゃんはもしかして結構自己評価が低いタイプなのかな?」
「……」
じろり、と。
遠慮なく、値踏みするように。
彼女は俺の事を見てくる。
「私の事なんかどうでも良いでしょう?」
「これは大人の意見だが、自分の事を「なんか」なんて言うのは、ちょっとよろしくないと思うぞ」
「大人、ですか」
今度は苛立たしげな事を彼女は隠そうともせずに俺の事を睨みつけてくる。
「大人というのは勝手ですね。そうやって上から手の届きもしない位置から語って、それでまるで守ってやっているかのような気になっている。まあ、どうでも良い事ですけれど」
「それを言われると耳が痛い。ただ、同時に君に対して申し訳なくも思う」
「どうして――」
「君に対して大人とはそういうモノだと思わせてしまったのは、大人の責任だ。だとしたら俺にも責任があると言っても良いだろ?」
「それは、?」
彼女は少し、混乱しているようだった。
多分、微妙に論点がずれた事に頭を悩ましているのだろう。
「確かに大人というのは勝手な生き物だ。何せ子供と違って勝手に出来るからね。だけど、だからこそ子供の事を自由に心配するし、手助けしたいとも思う」
「それは」
「君は、夜月ちゃんは、話していてなんだか自分の事を諦めているようなところがあるように感じられた。他人の事もね。それは多分、君が賢いからだろうし、だからこそ俺は心配に思ったよ」
「――」
それを聞いた彼女は一度目を閉じ。
そして溜息と同時に目を開く。
「2分」
「ん?」
「2分、経ちました。お話は終わりです」
「あー」
もう、そんな時間が経ったのか。
割と早かったな。
もうちょっと、彼女とは話したかったのだけれど。
話も中途半端なところまでしか出来なかったし。
そう思っていると、彼女は何やら手帳にペンを走らせ、そしてページを一枚破ってそれを俺に差し出してくる。
「これは?」
「メールアドレスです」
「……どうして?」
「今の会話は、少なくとも有意義ではありました」
そして彼女は立ち上がり、俺に背を向ける。
「今度の会話も有意義である事を、祈っています」
それはつまり、俺が連絡しても良いという事だろうか。
……ほんとぉ?
彼女の性格的に、大人に対してこんなすぐに連絡先を渡すなんて事、しなさそうなんだけど。
何か、他に要因があるのだろうか?
そう思い、尋ねる前に彼女は今度こそ歩き始めその場から立ち去ってしまう。
なんと言うか、子供っぽいな。
総合的には、そんな印象を感じた2分間だった。
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