第15話
現実というのは良い。
理路整然としているというところが魅力的だ。
どこまでもリアリティがあって法則やルールが敷かれていて、それでも決まった未来はなく自由な可能性が広がっている。
それが現実の一番の魅力だと私は思っている。
うん、だから私の書く作品というのは現実に傾倒しているのだろう。
我ながら浅ましい理由だと思う。
自らの欲望を発散するかのように創作するというのは、もしかしたら創作行為に関しての冒涜ではないかと常々思ってしまう。
だけど、でも。
私は。
だからこそこの世界がどこまでも現実である事を、残念に思ってしまうのだ。
◆
「そういう訳ですから、その。お弁当を作って欲しいです」
「……良いのか?」
「はい」
「分かった。それじゃあ、明日から桜子ちゃんの弁当を作るという事で」
そんな事で、あっさりと武さんからの了承を得、明日から弁当を作って貰える事になった。
我ながら、本当にアレだと思った。
お金が勿体ないというのならば本来は私が作るのが正しい筈なのに、武さんのご飯をもっと食べたいと思うあまりそんなおねだりをしてしまった。
本当に子供だ、私は。
凄い罪悪感が湧いてくる。
ああ、でも。
「……美味しそう」
図書室前にあるフリースペースで。
私は一人、弁当を広げていた。
初めてだ、こんな風に弁当を広げるという経験をするのは。
真っ白なご飯の上に載せられた、細かくちぎられた海苔。
きんぴらごぼうは唐辛子が入っていて少しピリ辛。
プチトマトは彩りを考えて入れられたのだろうか?
焼き肉のたれで味付けられたお肉の下にはレタスが敷かれている。
なんと言う、美味しそうな弁当。
実際、武さんの食事を食べて来た自分だからこそ分かる。
これは本当に、美味しいものだと。
「いただきます」
手を合わせ、まずは海苔弁から。
海苔と一緒にご飯を口に頬張る。
しょっぱい味は、多分醤油。
海苔の風味ととても合っている。
次に食べるのはどれにしよう。
きんぴらごぼう?
メインの焼肉?
それともプチトマト?
とても迷う。
それでも昼休みは有限なので勿体ないけど早く食べてしまわないといけない。
そう思っていると、こちら――フリースペースへとやって来る一人の女子高生が見えた。
知り合いと言うべきかは分からないけど、知っている人物だった。
「あれ、夜月さん?」
「……天童先輩?」
彼女、金剛夜月さんは私の事に気づき、こちらへとやって来る。
その手には本が握られていた。
もしかして、本を返しに来たのだろうか。
そして彼女は私の弁当を見て「あれ?」と首を傾げる。
「珍しいですね、先輩が弁当なんて。何と言うか、いつも購買で食事を買っているってイメージを持っていました」
「そう、かな。そうかもしれない。それよりも、夜月さん。今日は確か、部活動があったと思ったけれども」
「ああ、はい。それはそうですけど」
少し渋くて、少しだけ寂しそうな表情をして言う彼女。
「私はいない方が、姉さんは嬉しいでしょうから」
「?」
「それよりも、先輩。もしよろしければ、隣に座っても良いですか?」
「ええ。良いけれども」
珍しいなと思った。
夜月さんって、私以上に孤高な子だと思っていたから。
「先輩。なんだか、雰囲気が変わりましたよね」
「え?」
「何か、前と比べて肩の荷が下りたような、そんな雰囲気がします」
「そ、そうかな?」
「何か良い事、あったんですか?」
「……どうだろう」
分からない。
いや、彼女の言いたい事は分かる。
だけど、それを『良し』として良いのか、それは分からなかった。
武さんと過ごしている事。
そのきっかけは、決して良いとしてはいけない事だ。
だけども、ああ。
ナニカから解放されたかのように、私が変わりつつある気がするのは、実感がある。
気づいている。
その事に少し、罪悪感がある。
いけない事なのに、今の状況に安心感を覚えている自分がいる事に。
「そ、れよりも」
私はイケナイ思考を振り払いつつ、話を強引に変えるように夜月さんに尋ねる。
「夜月さんは、その。夢とかあるの?」
「夢ですか? なんというかその、唐突ですね?」
「あ、うん。そうかも、ね。ゴメン。ちょっと急だったかも」
「……まあ、良いですよ。付き合いますよその話に」
「え?」
珍しい。
こんなふわふわとした内容の会話を彼女がしようとするなんて。
何か、あったのだろうか?
「とはいえ、話す事なんてないのですけど。私には夢なんてありませんし、それは先輩も同じだと思ってました」
「私が?」
「ええ、勝手に同類だと思っていたんですけど。先輩は夢を見るんですか?」
「……私だって夢は見る、けど。夜月さんは、違うんだね」
「夢を見る資格がないですから」
「資格は必要なのかな」
「必要ですよ。少なくとも、私はそう考えています」
夜月さんは「はあ」と如何にも陰鬱そうに溜息を吐く。
「人は生まれる場所は選べないけど生き方は選べるという言葉がありますけど、私は違うと思います」
「金剛さんは」
「生まれる場所によって、人は生き方を変えざるを得ない。特に私達みたいな人間は、特に」
「……」
「それで、最初に戻る訳ですけど。先輩は何かあったんですか? というか、あったんですよね」
確信めいた言い方をする夜月さん。
私は少し迷った後、言う。
「夜月さんは、その。家の事が、嫌い?」
「嫌いじゃありませんよ。だって姉さんがいますから」
「そっか」
「でも……いえ、何でもないです」
何かあったのは間違いないけれど、しかしそれを聞く資格は私にはあるのだろうか?
自分の事すらよく分からないでいる自分に。
だけど、彼女の事をそのまま見て見ぬふりをするというのは、私には出来なかった。
「その、夜月さん。今日、放課後、暇かな?」
「……はい?」
そんな風に夜月さんを誘ったのは何故なのか。
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