第34話

「ふんふんふーん」


 さらさらとリビングのソファに腰掛けながらスケッチブックに筆を走らせている日乃本さんは如何にも楽しそうだった。

 あの日、両親から「沈黙」という名の許可を得た彼女は、武さんの話によると今まで貯めて来た、そして両親が両親の為としてコツコツ増やして来ていた貯金の中から一部の崩し、それで絵を描くための道具を購入して来たらしい。

 パソコン、そしてそれで絵を描くための道具。

 あとスケッチブックや鉛筆も買ってきて、それでも頑張って絵を描いてきているらしい。

 コピックというマーカーみたいな道具も買ってきたらしいが、それに関してはちょっと後回しになっているらしいが。


「まずはデッサンていうか兎に角人間をしっかり人間として描けるようにならないとね」


 とは彼女の談。

 そこら辺はあまり私も詳しくないので、そこら辺「夢を叶える為に努力している彼女」の言葉を信じるとしよう。

 夢を叶える。

 ……

 良い言葉だと思う。

 少なくとも私は「良い子」なのであのような夢を抱こうと思った事すらなかったし、だから、うん、そういう意味で彼女は私にとって眩しく思える。

 羨ましいかどうかについては、ちょっと分からない。

 彼女の進もうとしている道はいばらの道である事くらいは分かる。

 大多数が進むであろう道から逸脱しているのだから、そこが舗装されていない苦難と苦痛で満ち満ちている道なのは分かり切っているだろう。

 それでも、今の彼女の表情はとても晴れやかだ。

 楽しそうで、本当に。


 きっと私は彼女のようにはなれないだろうからこそ、私は彼女の事をとても尊敬しているのだ。 

 ……本人には絶対に言えないけど。


「日乃本さん、ちょっと休憩しませんか?」

「んー、了解。桜子さん」


 スケッチブックから顔を上げ、それをパタンと閉じて立ち上がる。

 そういえば、彼女が私の事を自然に「桜子さん」と呼ぶようになったのは何時からだったか。

 武さんがいる時とかはややこしいからと時々そのように呼んでいたような気がするけど、今はなんか普通に名前で呼ぶようになっていた。

 どのような心境の変化があったのだろうか?

 分からないけど、まるで友達みたいに馴れ馴れしく名前を呼ばれるのは、なんかむずむずする。

 恥ずかしいような、……嬉しいような。

 うん、嬉しいんだろう私も。


「ところで」


 武さんが作り置きしていたプリン(メッチャ硬い、失敗作らしい)を食べながら、ふと私は気になった事があったので尋ねてみる事にする。


「武さんとは最近どうですか?」

「……どう、とは?」

「いや、世間話の一環ですからそう身構えないでくださいよ」

「別に、普通だけど」

「その割には、私から見て時々余所余所しくしているような気がしたんですけど……喧嘩でもしたんですか?」

「い、いや。喧嘩はしてないけどさ」


 彼女はぷい、とそっぽを向いてぼそっと呟く。


「は、ずかしくて」

「……?」

「いや、ほら! 武さんってよくよく見るとイケメンじゃん」


 いきなりいきなりな言葉が出てきて「ん?」となった。


「日乃本さんって面食いだったんですか?」

「いや、好きでもない人の顔なんか興味な――」

「ん?」


 ん?


「……ん?」

「……」


 ………………


 …………


 ……


「……はい」

「はい」

「一応確認しておきますけど」

「はい」

「私達と武さんって10歳くらい以上は歳離れてますよ?」

「と、歳の差結婚なんて今は普通じゃない?」

「いや、間違いなく武さんロリコン扱いされて社会から非難されると思うんですが」

「わ、私ってば身体え、えっちだし」

「自分で言いますか……」

「う、うるさいなー良いだろー?」


 ぶう、と頬を膨らませる日乃本さん。


「そういう桜子さんはどうなのさ」

「……どう、とは?」

「好きなの?」

「……日乃本さんが武さんの事を好きなくらいは」

「ふーん」


 彼女は今度はにんまりと笑って言う。


「つまり大好きって事ね」


 ど、毒皿まで食らってやるという意思を見た気がした。


「い、いや。私と武さんは結婚出来ませんし?」

「まずそこで普通は結婚ってワードは出てこないと思うんだよなーこれがなー」

「う、五月蠅いですね。そもそも――」


 と、そこで「ぴんぽーん」とチャイムが鳴る。

 一瞬武さんが買い物から帰って来たんのかと思ったが、しかし彼は帰宅する時にチャイムを鳴らすタイプではなかった。

 なんだろうと思い、まずは誰が来たのか確認しようとカメラを覗きに行き、「はて」と思った。

 そこにいたのは、金剛夜月さんだった。

 

「なんで?」


 とりあえず待たせるのも悪いと思ったので玄関に向かう。

 ドアを開け、ますます首を傾げる事になった。

 彼女の後ろには何故かキャリーバッグがあったからだ。


「えっと、夜月さん?」

「どうも」

「どうもって……何をしに?」

「それはですね」


 彼女はどこか子供っぽく舌をぺろっと出しながら言った。


「家出してきました」


 ……







「……は?」





dreamer's story continue


……she never stop walking

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