第27話

 何事にも始まりがあるように。

 あるいは始まるものには必ず終わりというものが存在する。

 それは多分、普遍的な原理。

 だからこそ人はその法則に抗う事は出来ない。

 果てしないと思われる旅路にもいつしか到達点があるという事だ。

 そしてその場所に辿り着いた者は――


 果たして、どうするのだろう。

 そこで歩みを止めてしまうのか。

 はたまた、新しい目的地を模索するのか。

 もしくは……


 私はどうだろう。

 もしくは、私は果たしてその場所へと辿り着く事が出来るのだろうか。

 たった一人、厳しい道を歩み続けて。

 ……歩み続ける事が、果たして出来るのだろうか。

 


  ◆



「……ん」


 ソファで眠っていた朋絵ちゃんがむくりと身体を起こす。

 今日、彼女は何やら寝不足なようで、そのため絵を描くよりも前に仮眠を取る事を指示したのだ。

 どうも学校のテストが近いらしい。

 それで桜子ちゃんも少々忙しくしている。

 ……少々忙しくで済むのは流石は桜子ちゃんという事だろう。

 桜子ちゃんの場合、理解力が半端ではないので、授業中で復習が必要ない程に内容を把握しているだろうし。

 ただまあ、それを基準としてはいけないだろう。

 むしろ俺的には朋絵ちゃんの方が普通だし、気持ち的に親近感が湧く。

 俺もどちらかと言うと朋絵ちゃん側の人間な訳だし。


 むくりと身体を起こした朋絵ちゃんは眠そうな目できょろきょろと辺りを見渡す。

 そして、こくりと小首を傾げた後、「ああ」と頷いて見せる。

 どうやら、どうして自分がこんな場所にいるのか分かってなくて、そして今、それがどうしてなのか頭が理解したのだろう。

 朋絵ちゃんは俺の方を見て言う。


「武さーん」

「なんだ?」

「眠い」

「眠いならまだ眠って良いぞ」

「でも。もう、帰る時間だし」

「あー」


 言われてみれば、もうこんな時間。

 彼女にも実家というものがあるし、長くい続けていると両親に心配をかけてしまうか。

 朋絵ちゃん的に問題なのは、それで外出禁止令が出る可能性があるという事。

 それだと彼女はパソコンで絵を描く事が出来なくなってしまう。

 それは彼女にとって致命的なロスとなってしまうだろう。

 高校生とはいえ、時間というのは有限だ。

 いつまでも子供でいられるという訳ではないのだから。


「ふー」


 と、朋絵ちゃんは伸びをする。

 それから彼女は「なんだかなぁ」と呟いて見せた。

 何かしたのかと尋ねて欲しいと言わんばかりだった。

 仕方がないので俺は「どうかしたのか?」と尋ねてみる事にする。


「いやーね、ちょっと考え事してて」

「考え事?」

「うん。今後の事を、ちょっと」

「ふーん?」


 首を傾げる俺に朋絵ちゃんは苦笑する。


「これから先、ちゃんと私は絵を描き続けられるのかなーって」

「それは」


 俺は少し厳しめに言う。


「描き続けられる、じゃなくて、ちゃんと描き切って貰わないと困る。それが朋絵ちゃんにパソコンを使わせる条件だった筈、そうだろう?」

「うん、分かってるよ、分かってる。それは分かっているんだけど、時々心配になるんだ」


 彼女は下を向き、ぽつりぽつりと話し続ける。


「どれだけ努力しても夢が叶わなかったり、何かがあって夢を追うのを断念せざるを得なくなった時。その時夢は終わる訳だけど。その時私はそれを受け入れられるのかなーって」

「それは、どうだろうな」


 難しい話だった。

 俺もそれに関しては簡単には答えられない。


「夢をいつまでも追い続ける事が、必ずしも自分の為にはならない。それは俺も分かっているよ」

「うん、だよね。でも実際のところ、今の状況ってある意味じゃ諦めるしかなかった夢をズルして見続けているようなもの、でしょ?」

「ズルではないさ。ただまあ、運が良かったとは言えるな」

「うん。だから、きっとこの幸運は永遠には続かないと、そう思った方が良いなって」

「……もしかして、何か嫌な事でもあったのか?」


 少し心配する俺に対し、朋絵ちゃんは「ううん」と首を振る。


「いつもだよ、こういう事を考えているのは。だから、いつも思い出す様に心配になる。そんな事している暇があったら手を動かすべきなんだろうけどね」

「朋絵ちゃんはよくやっていると、俺は思うよ。実力も日に日に増している事は目に見えて分かるし、きっと夢は叶えられるさ」

「それなら――」


 と、朋絵ちゃんは何かを言いかけて、止める。

 それから少しぎこちない笑みを浮かべながら「ごめんね?」と謝罪をしてきた。


「ちょっと、愚痴っちゃった。こんな話、聞きたくなかったよね?」

「いや? 朋絵ちゃんっていつも調子が良いから、こういう真面目な話をしてくれて俺は嬉しいぞ?」

「そう言う事を言ってくれるから、武さんは――ううん、何でもない」


 それから彼女は、よいしょと立ち上がりソファの近くに置いてあったバッグを手に持つ。


「それじゃあ、私。帰るね?」

「うん、分かった」


 頷き、彼女を玄関まで送る。

 そして玄関の外で立ち去る彼女を見送る。


「武さん」

「なんだ?」

「さようなら、また今度も、よろしくね?」


 そういう彼女は何か儚げで。

 風が吹けば壊れそうなほどに脆そうに見えた。

 だから俺は何も言う事は出来ず。


「……」


 ただただ、去り行く彼女を見守る事しか、出来なかった。

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