第26話

「……ん?」


 と。

 桜子ちゃんは帰って来るなり眉をひそめた。

 ちなみに夜月ちゃんが帰ってから二時間ほど経過したタイミングである。


「どうかしたのか?」

「いえ、これは……」


 と、彼女は何やら首を捻った後、それからリビングへと移動してソファに顔を近づける。

 そして顔を上げた彼女は、何やら確信めいた表情をしていた。

 

「もしかしなくても、金剛夜月ちゃんが来てましたよね?」

「え」


 なんで分かるの?

 顔を近づけてたけど、匂いで勘づいたのだろうか。

 警察犬かな?


「なんか、夜月さんの匂いがしたので」

「わ、分かるものなのか?」

「何となくは。後はまあ、勘です」

「勘……」


 凄いな、勘。

 あるいは桜子ちゃんが凄いのかもしれない。

 桜子ちゃんは腰に手を当て少し考えるような仕草をしたのち、俺に尋ねてくる。


「それで、どうして夜月さんが家に来てたんですか?」

「あ、ああ。何でも、小説を読んで貰いたくて、というよりも、意見が欲しくて家に来たみたいだ」

「小説の?」

「うん。ファンタジー小説だったよ」

「ファンタジー? 夜月さんは基本的に現代ものを書いていたと思ったのですけど」

「ああ、それは俺も思ったけど。そういう気分だったんじゃないか?」

「気分の問題ですかね……まあ、ともかく理由は分かりました」


 やれやれと首を振って見せる桜子ちゃん。

 何やら完全に理解したと言わんばかりの態度だった。

 相変わらず凄い物分かりが良い女の子である。

 こちらとしては説明をする手間が省けるので凄くありがたい。


「でも」とそこで桜子ちゃんは胡乱げな、というより不審そうな表情をする。「一体武さん、いつの間に夜月さんと仲良くなったんですか?」


「一回しかあった事がなかったと思ったのですが」

「あ、ああ。実は、その。以前会った時にメールアドレスを交換しててね。それでメールでのやり取りを何度かしてたんだ」

「メールアドレス?」


 ますます桜子ちゃんは意味が分からないと言ったような表情になる。


「何がどうなってそうなったんですか?」

「いや、なんでだろうな。今思い返してみても、どうしてそうなったのか分からない」

「ふーん……」


 と、彼女は少し顔を伏せる。

 表情が見えづらくなるが、なんだか不機嫌そうでなんだか怖い。

 えっと、どうしたものかこの場合。

 なんと言うのが正解なのか。

 そもそも彼女が何を考えているのか分からないので、何を言っても正解じゃないような気がする。


「まあ、良いです」


 そうしてしばらくした後顔を上げた彼女は、どこか表情の読めない顔をしていた。

 何を考えているのか分からないので、少し怖い。


「とにかく、武さん。こういう事がある時は出来るだけ先に教えてください。凄くびっくりしたんですから」

「あ、ああ。そうだね」

「夜月さんに関しては、まあ、そういう事もあるって事で。武さんは――」

「俺は?」

「い、いえ。何でもないです。それよりも、この話はこれでおしまいにしましょう。お腹が空いたので、夜ご飯が食べたいです」

「あ、そうだな」


 頷き、俺はキッチンへと移動する。

 多分料理を運ぶのを手伝いに来たのだろう。

 桜子ちゃんも一緒に付いて来る。


「今日は、何ですか?」

「今日は冷やし中華だ。タレは一応自作で、どちらかというと油そば風だな」

「それは、楽しみです」


 ニコニコと笑う桜子ちゃん。

 先ほどのどこか不機嫌そうな雰囲気はどこかに消え去っていて、俺はとてもほっとした。


「まったくもう、油断なりませんね、まったく」

「ん?」

「いえ、なんでも」


 何かを言ったような気がしたが、しかし桜子ちゃんは何も言わなかったと首を振る。

 まあ、彼女がそう言うのだからそうなのだろう。


「さあ、お腹が空いたので早く食べましょう!」

「そうだな」

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