第25話
『ところで天童さん。今日の午後暇ですか?』
『暇と言えば暇だけど』
『それじゃあ今日、家に行っても良いですかね』
『うん?』
……そんなメールでのやり取りがあって、それから午後。
「こんにちは」
「お、おう」
今日も今日とて無に近い表情で現れる少女、金剛夜月。
彼女とはあれから何度かメールでやり取りをしてきたが、しかしこうして家を訪れるのはあれから二度目である。
それにしては随分と急な来訪だ。
何か、あったのだろうか?
「で、今日は何をしに来たんだい?」
「それはそうと、ですけど。今日は随分と静かですね。前は確か天童さんの他に、先輩方がいましたけど」
「ああ、うん。今日は二人ともいないよ」
桜子ちゃんは塾。
朋絵ちゃんは、なんだろう。
彼女が来ないのは珍しい事だ。
まあ、彼女も高校生だし、忙しいのはおかしくない。
精々高校生生活を満喫して欲しいものだ。
「あれ、もしかして二人に会いに来た、とか?」
「いえ。ただ、いてくれた方が都合が良かったというのはあります」
「?」
「とりあえず、家の中に入らせて貰えませんかね」
「あ、ああ」
そう夜月ちゃんに言われ、俺は慌てて道を譲る。
二度目だというのに彼女は勝手を知っていると言わんばかりにずんずんと家へと上がり、そしてリビングへと向かった。
なんと言うか、度胸があるな。
俺が言うのもなんだが、今、この家にいるのは年上の男しかいないんだぞ。
ちょっとは警戒してくれた方が、こちらとしてはありがたいんだけど。
「さて」
と。
リビングのソファに腰掛けた夜月ちゃんはカバンを開けて中身を弄っていた。
何をしているのだろう。
そう思っていると、彼女はその中から印刷用紙の束を取り出し、「はい」と俺に差し出してきた。
「ん?」
「えっと、ですね。これは、私が執筆した小説なのですが」
「あ、ああ。なるほど、それを読んで感想を言えば良いのか?」
「そう言う事です」
納得。
それと同時に、パソコンの方のメールアドレスを教えておいた方が良かったかなとも思った。
それならこんな風にわざわざ家に足を運ぶ必要はなかった訳だし。
まあ、俺としては夜月ちゃんに直接会えたのはとてもラッキーだったと思うけれど。
「それじゃあ、読ませて貰うけど。それまで夜月ちゃんはどうする? お菓子でも食べるかい?」
「いえ。スマホがあるので、それで時間を潰しています」
「分かった。それじゃあ、急いで読ませて貰うよ」
「急がなくて良いので、しっかり読んでください」
彼女はぴしゃりと言ってくる。
手厳しいな、そう思いつつ俺は部屋の片隅にあった丸椅子を取ってきて、そこに腰掛け読み始めようとする。
「あ、その」
「ん?」
「ソファ、広いですし。別に私は気にしないですので、座って貰って構わないですよ?」
「そうかい? それなら」
実際、二人が腰かけてもなお余るサイズの大きさだ。
端に腰掛けた夜月ちゃんの反対側に腰掛けても、大体70センチほど余っている。
「それじゃ、読ませて貰うよ」
「……はい」
早速読み始めてみるが、序盤を読み始めた時から「ん?」と首を傾げる事となった。
確か、夜月ちゃんは現代ものを書いているという話だった筈だ。
しかしこの小説はどこからどう見てもファンタジーなのだ。
主人公は親から虐げられていて、ある日我慢が出来ず家を飛び出して旅を出る。
彼の目的は、願いを叶えてくれる蒼い鳥を見つけて自身の願いを、それ即ち幸せな日常を手に入れる事。
そのために主人公は山を越え海を渡るなど、様々な困難を乗り越えた。
しかしどれほど旅を続けても、どこにも蒼い鳥は見つからない。
そこで彼は思い至る。
もしかして、蒼い鳥はかつて自分の暮らしていた家にいるのではないか、と。
しかし彼は頑なにその思考を否定する。
だってあのような苦く苦しい日々を送ってきた家にそんなものがいる訳ないじゃないか。
世界は広い。
まだ、探していない場所があるのだろう。
そう思い、主人公は旅を続けていく――
「……ん?」
そして、物語はそこまでだった。
この小説は、書き掛けだったのだ。
どうしてだろうと思い夜月ちゃんを見る。
「これは――」
「えっと。まだ、終わりは決めかねているんです」
そう、夜月ちゃんは言う。
「結局、蒼い鳥を主人公は見つけ出すのか見つけ出せないのか。見つけ出せたのなら、蒼い鳥はどこにいたのか。いろいろと考えていて」
「んー。俺の知っている幸せの蒼い鳥の話は、結局家で見つけたんだったよな」
「それは今、考えないという事で」
「……それじゃあ、やっぱり家の外で見つけたって事の方が良いんじゃないか? だって主人公は親に虐げられてきたんだろ? そんな場所に願いを叶えてくれる蒼い鳥がいるとは思えない」
「それは、そうですね」
「うーん。問題は、どこにいたのかだよな。世界は広いって言っているし、旅の果てで見つけるって事になるんだろうけど」
「まあ、実は世間は狭かったという風にするって手もありますけど」
「ん?」
「……ああ、いえ。さっきのは聞き逃してください」
と、彼女は慌てたように言う。
それから、こほん。
そう咳払いをした彼女は、じっと俺の事を、らしくもなく不安そうな目で見つけてくる。
「それで、どうでしたか?」
「内容の出来は、って事だよね?」
「はい。面白かったでしょうか」
「それは――」
俺は少し考えた末、正直に答える事にする。
「まだ、分からないとしか言いようがないな。やっぱり、物語の終わり方によってそれは駄作にも傑作にもなる訳だし」
「それは、そうですね」
「でも、今のところ話は面白かったと思うよ。話の緩急の付け方も上手いし、主人公の会話も結構洒落が聞いてて読んでて面白い」
「それは、良かったです」
ほっとしたかのように肩の力を少し抜いたのが見て取れた。
結構、表情が動かないようで全体的に見ると結構感情豊かな子なんだな、夜月ちゃんって。
「その」
と、夜月ちゃんはそれから少し言い辛そうに言う。
「出来れば、ですけど。この物語がちゃんと完成した時は、貴方にもう一度感想を聞きに来ても良いですか?」
「それは、良いけど」
そう言えば。
一つ、気になった事があった。
「これって、もしかして部誌載せる奴なのかな?」
「ああ、これは」
と、夜月ちゃんは少し照れ臭そうに言う。
「完全に趣味で書いた小説です」
「趣味、か」
「ええ。こんな風な創作活動をするのは初めてでしたが、なかなかに楽しかったです」
「それは良かった」
「はい」
それから彼女は表情を再び消す。
「それじゃあ、天童さん」
「ん?」
「私はこれで、帰ります」
「もうちょっと、ゆっくりしていっても良いんだよ?」
「いえ、私も色々と用事があるので」
俺が何を言っても引き留めらせそうにはなさそうで、結局彼女は宣言通り帰っていった。
その後。
『また、小説を持っていったら読んでくれますよね』
そんなメールが送られてきた。
返答は考えるまでもなかった。
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