第24話

「お、おはようございます」


 桜子ちゃんは見るからに寝不足で、その上申し訳ないというか罪悪感に溢れる表情で降りてきた。

 何を考えているのかはとても分かる。

 ただ、ここで彼女にその事を追求したら間違いなく桜子ちゃんが傷つくだろう事は目に見えているので、俺はとりあえずこちらからは何も言わずに「おはよう」と挨拶する事にした。


「あの、武さん」

「なんだ?」

「……その」


 長い沈黙の末、彼女は口を開く。


「昨日は、すいませんでした」

「ああ」


 桜子ちゃんの自室での秘め事は知らない事になっている。

 なのでここで俺が言うべきなのは、


「別に、俺も不注意だったよ。人がいるか確認してから外に出ていくべきだった。こちらこそ、ごめんな。見たくないものを見せてしまって」

「それは――いえ。その、謝らないでください。こちらももうちょっと存在感を出しておくべきでした」

「うん、まあ。それじゃあ、謝るのはお互いこれでお終いにしよう、な? 多分、謝り合っていたらきりがないだろうからな」

「は、はい」


 そう言いつつも桜子ちゃんはずっと申し訳なさそうな表情をし、結局学校へと行くために家を出る時までずっと表情は暗かった。

 これは――帰ってきたらフォローするべきだろうか。

 もしくは時間が解決してくれるのを待つべきか。

 ……後者だろうなぁ。

 俺もこれで謝るのはお終いって言っちゃったし、それを覆して彼女にあれやこれやしてしまうと、逆に彼女も申し訳なく思ってしまうだろう。

 まあ、いつものように、いつもの如く過ごすのが一番か。

 あまり意識しないように、そうしよう。


 それから俺は朝食の後片付けをした後、ゴミ捨て場にゴミを捨てに外に出る。

 するとそこで俺は出会ってしまう。


「あ、」

「う、ん?」


 竜胆愛奈さん、その人だった。

 彼女は何やらゴミの他にバッグを手に持っていた。

 もしかして、これから仕事だろうか。

 道理で彼女、うっすらと化粧をしているのか。

 いつもよりも綺麗に見える。


「お、おはよう。天童さん」

「ええ、おはようございます。竜胆さん」


 とりあえず、挨拶をする。

 彼女も予想通りと言うかなんというか、よそよそしいというか笑顔がぎこちなかった。

 間違いなく、昨日の事を意識している。

 とはいえ、こちらもこちらで昨日、既に終わった事として処理してしまっている。

 こちらから昨日の事をぶり返すような事は、しない。


「お仕事、ですか?」

「え、ええ。そうよ。これから、職場に」

「それは、頑張ってください」

「……ありがとう。天童さん」


 ぺこり、と深く頭を下げてくる。

 それはどこに向けてのありがとうなのかは、聞かない事にした。

 なんて言うか、地雷原の上で会話しているような気分だった。

 その後、彼女は一度自分の家に戻り、それから自転車に乗り出掛けるのを俺は見送る。

 その背中が完全に見えなくなったところを確認し、俺は肩を重々しく落とし、自分の家へと引っ込むのだった。

 はあ、なんだか朝だというのに、疲れた……

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