第23話

 ――その頃、女性達はそれぞれ悩ましい声を上げていた。



「ふぅ……」


 私は何度目か分からない溜息を吐く。

 サーっという水音。

 シャワーから流れ出る水粒が身体を叩く。

 生暖かい水は私の身体を優しく流していくが、しかしどれだけ洗っても心の中の靄が晴れる事はなかった。


 今日の出来事。

 アクシデント。

 男性の、その、あそこを、誤って触れてしまった事。

 それも、そこそこ知れた仲の人のものだ。

 結局彼は気にしていないと言っていたが、実は心の中では私の事を軽蔑しているかもしれない。

 酷いオンナだと。

 情欲に忠実な女だと。

 そんな風に思われていたらどうしよう。

 そうだとしたら、とてもショックだ。


「はぁ……」


 落ち込む姿を翔に見られ、今日は早く休んだ方が良いと心配された。

 息子にもそんな風に言われるなんて親失格だ。

 親、失格。


「……」


 夫と出会い、それから夫と別れて。

 こんな感情を抱いたのは久しぶりかもしれない。

 そんなまでに、彼の事を気にしているのだろうか、私は。

 気にしてしまうのは仕方がないだろう。

 男の象徴をアクシデントで、触れてしまった。

 夫は元々身体が弱い人だったから、触れる機会は少なかった。

 その分愛し愛されたとは思っている。

 ああ、でも。


 私、やっぱり欲求不満なのかしら。


 

  ◼️



「はぁ……」


 何度目か分からない溜息を吐く。

 今日はもう休むつもりでベッドに横になったが、いっこうに眠りにつける気配がない。

 むしろ目は冴えていて、頭の中を混沌が渦巻いていた。

 これでは眠れるのは何時間後になるだろう。

 そして思い出してはいけないと思えば思うほどに、先ほどあった事がフラッシュバックしてしまう。


「……」

 

 おじさん。

 武さん。

 武さんの、裸体。

 肉付きは薄く、筋肉はそこまでついていないけど、しかしない訳ではない。

 30代の肉体としては割と理想的ではないだろうか。

 そして、ああ。

 うん。

 忘れる事も出来ない。

 あ、あまりにも大きい、その。


「……」


 あれはまだ準備段階ですらなかった。

 だって下向いてたし。

 じゃああれがもし興奮状態になったら、どれほどになってしまうのか。

 想像するだに恐ろしい。


「……って」


 なんで自分はそんな事を想定しているんだ。

 頭を振って思考を振り払う。

 私と武さんは同じ血が流れている。

 だから、えっと。


「……」


 ああ、何と言うか。

 ○○と思う自分がいる。

 その事に嫌悪する。

 だって仕方がないじゃないか。

 だって、おじさん。

 武さんは、私にとって。

 初めて――



  ◼️


 

 ――その頃。

 日乃本朋絵は。


「ああ! 気になるーっ!」


 ベッドの上で枕に顔を埋めながら叫ぶ。

 気になる。

 気になる。

 先週、とあるイラスト雑誌の募集に応募した結果が、凄く気になる。

 結果が出るというか雑誌が販売されるのは当分先だが、割とすぐに販売されるとは思う。

 大賞を取れると思えるほど私は自信家ではない。

 だけど、雑誌に掲載されたりしたら。

 親は、私の事を認めてくれるだろうか。

 桜子の奴と、少しは並び立つ事が出来るだろうか。

 武さんは――私の事を褒めてくるだろうか。


「ううーっ!」

「五月蠅いぞ、朋絵!」


 下から父親の叫び声が聞こえて来たので、黙る。

 それでも悶々とした心は晴れない。

 多分、まだまだ夜は長そうだ。



 女性達は、それぞれの思いを胸に秘め、悶々としながら夜の時を過ごす。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る