第37話
近所に住んでいて近所付き合いをしている以上、このような出来事は今まで何度かあったのは確かではあるが。
しかしどうも今日は様子が違っていた。
即ち、主人公である――ある意味主人公とは言えないかもしれないけど――竜胆翔君だった。
スーパーマーケットでの遭遇自体もそれこそ何度かあったし、彼自身もマイバッグを持っているので俺と同じく買い物に来たのだろう。
しかし、彼と俺が遭遇した時まず最初に気付いたのは俺だったし、そして俺が気づいて声を掛けるまで彼はどうも上の空だった、それがどうも気になった。
「あ、ああ。武さん」
どうも、こんにちはと挨拶をして来る彼の様子を見て流石に何かがあったのだろうと確信した俺は「何かあったのかい?」と質問する。
するとどこかホッとしたかのような表情を浮かべた彼は、しかしすぐに気まずそうな顔になって「すみません」と謝罪をしてきた。
「何て言うか、そんな風に質問させてしまって」
「いや、大丈夫だよ。むしろお節介な質問をしてしまって申し訳ない……っと、ちょっと場所を移そうか」
とりあえず、今の俺達はピーマンの前に突っ立っていてこれだと購入する人達の邪魔になるので、ひとまず場所を変える事にする。
店の入り口辺りに置いてあるベンチの上に腰掛け、そこで彼と隣り合って座る事にした。
「……その、武さんは、えっと。デリカシーのない言葉を親しい友人にしてしまう時ってありますか?」
「ん?」
その言葉は、分かりやすく言ってしまうと「自分は親しい人にデリカシーのない言葉を言ってしまった」という事になるけど。
一体誰にだろう、朋絵ちゃんかあるいは桜子ちゃんだろうか?
もしかしたら俺が知らない原作には登場しなかったキャラかもしれないし、とはいえそこは本人が話していないので考えるのは無意味だろう。
「そうだな――無神経な言葉を言ってしまった事、それを謝るっていうのもなんだか変な感じだもんな」
変というか、その「デリカシーのない言葉を言ってしまってごめんなさい」という言葉自体がデリカシーのない言葉の可能性だってあるのだから。
「お前は俺の言葉を聞いて不快になったんだろ?」と言っている訳で、それに対してむしろ怒る人というのは少なくない気がする。
「大人でも、そういう風に思うんですね」
「大人でも思うさ。自分にとって何が重要で大切にしている事なのかって言うのは案外他人に話さないモノだし、だからその人にとって何が言われたくない事なのかっていうのは分からない」
「はい……」
「とはいえ、そこはやはり臨機応変に事を進めるのが、難しいけど大切な事だと思うよ。さっき『変』だって言ったけど謝るのも手だと思うし、相手が何も言ってこないって事は『謝罪してくるな』って意味かもしれないからそれなら謝るべきではないと思うし」
「難しい、ですね」
顔を伏せて「うーん」と唸っている彼に俺は笑いかけた。
「このような表現は正しいかどうかは分からないけど、お互いに『大人になる』のが大事だと思う、やっぱり」
「大人ですか」
「デリカシーのない言葉だけじゃなくて、何がキッカケで他人が傷つく言葉を喋るか分からない、そしてそれは無意識で行ってしまう事は儘ある。それを言われた方も理解するべきだと思うしね――理想論ではあるけれども」
俺の言葉を聞いて少し黙った彼は、それから「分かり、ました」と頷いた。
まあ彼も馬鹿ではないだろうし、そもそも俺に対してこのような話をしたのはあくまで「話を聞いて貰って自分の中で話を整理する」という意図があったのだと思う。
俺ばかりが話してばかりだったけど、だけどそれで彼が納得するのならばそれで良い。
「ありがとうございます、なんか難しい話をしてしまって」
「いいさ、子供の話を聞くのも大人の仕事さ」
「だから、それじゃあ」と俺は嗤ったのちに彼の持っていたショッピングバスケットの中にあったかぼちゃを指さした。
「そのかぼちゃはちょっと水カボチャの可能性があるよ」
「え、そうなですか?」
「ああ、かぼちゃの選び方のコツについては、まず――」
◇
とりあえず一通り買い物を済ませて帰ると、なんか家の前に人だかりが出来ていた。
人だかり、というか四人の女性達だった。
日乃本朋絵、天童桜子、竜胆愛奈さんまでは分かる。
しかし、何故ここに金剛夜月ちゃんがいるんだ?
しかもなんかみんな――いや、三人は困った表情をしているけど夜月ちゃんだけはなんか自信ありげである。
無駄に自信ありげで、どこか危なそうな表情である。
「えっと、どうかしたのか?」
何やら驚いている翔君の事はひとまず置いておいて、俺はとりあえず三人に尋ねてみる事にした。
すると、夜月ちゃんは相変わらず無駄に自信ありげに言ってくる。
「今日から私はこの家に住む事になりました」
………………
……
俺と翔君は声を合わせて言った。
「「は?」」
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