第42話

 渡されたのは紙の束だった。

 ……紙の束。

 厚さ的には、そう、ちょっとした内容量の本くらいはあるような気がした。

 A4サイズの紙であり、そこにはただ文字群が印刷されている。

 いや、もっと具体的に言おう。

 これは小説だ。

 彼女が文芸部として小説を書いている事は知っていたし、以前もそうやって彼女が執筆した小説を読ませて貰った事はあった。

 

「どう、ですか?」


 ただ、どうしてだろう。

 不安そうで、しかしどこか挑戦的なものにも見える彼女の表情。

 それに対してどこか違和感を覚えた俺だったが、しかしまずは彼女のお願い通りその小説を読むところから始めようと思い、俺はひとまず黙ってその小説の文字列に目を走らせるのだった。


 ……内容は、ファンタジー小説だった。

 冒頭から読み始めただけでも分かるが、とても分かりやすく王道なストーリーである事が分かる。

 以前読んだものとは違う小説であり、勇者が世界を救うために旅をする物語のようだ。

 そうやって読み進めていくが、やはりというかなんというかかなり読みやすい。

 内容がするりするりと水を飲むように頭に入り込んでいくし、情景も分かりやすく頭に浮かぶ。

 更に言ってしまうと……ありきたりな表現だが、とても面白い小説だと思う。

 店頭にこれが並んでいて試し読みが出来たならば、多分購入を考えるくらいには面白いと感じられた。


 ただ、でも。


「……?」


 なんだか。

 違和感を覚える。

 それが確実になったのは、ある表現が目に移った時だった。


『聖女だった彼女は死んだ、死んだんだ。死者である彼女をこの世に蘇らせられる事は不可能だし、そしてそれは運命への冒涜だろう』


 ……以前、彼女の小説を読んだ時に感じたもの。

 それは、金剛夜月という少女が記す小説は、思った以上に『理想的』であるという事だった。

 悪いように言うのならば『幼稚的』。

 あるいは、『夢見がち』とも言えるかもしれない。

 もしくは――どこまでも世界に対して希望を抱いているかのような、どのような現実が目の前に現れたとしても、それらすべてを希望や理想などといったもので作り替えていけるみたいな、そんな作風だったのだ。

 しかし、今、俺の手元にある小説は違う。

 内容は面白い。

 だが、間違いなく毛色が違う。

 あまりにも、現実的なのだ。

 ファンタジー世界というものがしっかりと構築されていて、その中に理がある事を前提としてストーリーがあるのだ。

 なんて言うか、まるで。


 別の人が書いた小説を読んでいるようだ。


「なあ、これ」


 と、俺がその疑問を口にする前にだった。

 彼女はどこか嬉しそうに、それでいて悲しそうな表情を浮かべて言う。


「面白かった、ですか?」

「あ、ああ。面白かったとは思うよ、でも」


 その言葉で「ああ、なるほど」と思い、同時に「どうしてそんな事を?」とも思った。


「私、最近よくわからないんです。どれだけ小説を執筆しても、どれだけ文字を並べても、私は――そうですね、綺麗ごとを語る事しか出来なくて」

「……」

「姉さんは、凄いんです。そんな姉さんが……大好きで、だけどでも、姉さんから私の小説理想を否定されたというのは、やっぱり、嫌で」

「……そうか」

「でも、だから――そうですね、ちょっと困って、ます。結局のところ私は、すべてがすべて上手くいって、それで姉さんとすぐに仲良しに戻れるって思ってて。でもこの小説を読むたびに思うんです」


 彼女は俺の持っている紙の束を見ながら言う。


「『お前はなんて都合が良い女なんだ』って、言われているようで。ちょっとした事で喧嘩を始めたのは私からなのに、それでヘソを曲げていたのも私なのに、今更『ごめんなさい』で済ませようとするなんて、あまりにも」

「なあ、夜月ちゃん」


 俺は彼女の言葉を遮って尋ねる。

 まさか口を挟まれるとは思っていなかったらしい彼女は目を丸くして黙ってしまった。


「その前に、だけど。もしかしてまだ、見せたいものがあるんじゃないか?」

「え、っと」


 リュックサックから取り出された紙の束。

 しかしそのリュックサック、今俺の手元にある紙の束が出て来たにしては、まだ厚みがあるように感じたのだ。

 あるいは、勘。

 彼女が本当に望んでいるもの。

 

「……はい、えっとその。じゃあ」


 夜月ちゃんは、目を逸らしてリュックサックからもう一つの紙の束を取り出した。

 今、俺の手元にあるそれよりも少しだけ薄い紙の束。


「次は、これを読んでは下さいませんか?」

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えっちなゲームの悪役おじさん、やたらヒロインからの評価が高い カラスバ @nodoguro

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