第19話 可能性
――合鍵は既に用意してある。
音を立てないようにゆっくりと扉を開け、そして閉める。
しんと静まり返った家の中。
家の主がいない事は既に分かっている。
分かっているが、いつ帰ってくるか分からない。
早急に任務を終わらせ、帰らねば。
「……」
目的のモノがあるのは、二階。
奴の部屋。
散々そこでイジメられたから、大体場所は把握してある。
パソコンの位置は分かっている。
問題はそれを操作しデータを徹底的に破壊するのにどれほどの時間が掛かるかだが、最悪物理的に破壊するという手もありだろう。
器物破損?
いや、問題ない。
その程度の事、今更気にしている問題ではないのだから。
姉さんを守るため。
私はこうして今、ここにいるのだから。
「……ここ」
階段を上り。
上り。
上って。
部屋へと辿り着く。
ゆっくりと、しかし急いで扉を開く。
カーテンが閉じられた部屋。
清潔に掃除されているけど、しかし自分には分かってしまう。
その、鼻に付く嫌な臭いを。
ああ。
それを自分は許容し、それどころか○○し掛けている事に、嫌悪する。
今はそんな自分を強引に無視し、パソコンの元へと急ぐ。
電源を点け、そしてマウスを動かす。
目的のデータは、どこだ?
焦るほどに手が震え、目移りする。
急がないと。
急がないと――
バチッ!!!!
「あ、ぎぃ……ッ!」
衝撃。
まるで電撃。
全身が痺れ、真横に倒れる。
まるで自由に動かない身体。
視界に映るのは二人の男女。
「あはっ、よーちゃん。悪なんだぁ」
くすくすと笑う、自分の姉の姿。
その手には黒い、先端で紫電が散るスマホサイズの何かが握られていた。
その隣で醜悪に嗤う、痩躯の男。
「やっぱりおじさまの言う通りだったね?」
「ああ、本当に悪い子だ」
「ねえ、おじさまぁ? 朝日、おじさまの言う通りにしたから、後で……」
「そうだな。後でたっぷり可愛がってあげよう。けど、その前に」
にやりと笑う男。
「悪い子には、お仕置きが必要だ」
男の汚らしい手が、私の元へと伸びる――
◆
「……」
夢を見た気がする。
酷い夢だった気がする。
だけどどれだけ頭を動かしても夢の内容は思い出せない。
珍しい事だ。
夢を見たという自覚はあるのにその内容をまるで思い出せないのは、多分初めて。
その上悪夢を見たらしく、身体中汗がびっしょりで気持ちが悪い。
一つ、シャワーを浴びてきたいけれど、しかし姉さんを起こしてしまう可能性があるのでここは我慢する。
「ふう……」
しかし、目が冴えてしまっている。
多分、すぐには寝付けないだろう。
スマホで時間を確認すると、今は夜の3時。
起きるにはまだ早い時間帯。
私は試しに欠伸をする振りをしながらベッドの上で寝返りを打った。
「……」
暗闇の中で、私はふと思い立ちスマホを弄る。
確認するのは、メール。
しかし誰からもメールは来ていない。
というより私にメールを送ってくる人なんて、今のところ家族と――
「あの人……」
天童武。
よく分からない人。
メールで幾らか議論したが、未だにどんな人かよく分かっていない。
悪い人ではないだろう。
しかし、赤の他人である私にどうしてあそこまで執心出来るのかが分からない。
下心があるようにも見えないし、しかし下心がないにしては不自然でもある。
私は最後に彼から送られてきたメールを確認する。
『とりあえず、夜月ちゃんは何か目標を見つけてみるってのはどうかな?』
「目標、ね」
夢ではなく、目標。
それなら私でも出来そうだ。
何かをするために、努力する。
今までは出来る事しかやってこなかった私なのでそういうのは不慣れな気がするけれど、まあ、出来ないと決めつけるには尚早だ。
はてさて、まずはどんな目標を見つけてみようか。
無理のない目標にしよう。
そんな風に頭を使っていたら、私はいつの間にかまどろみの中に――
次の眠りの間、夢は見なかった。
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