第9話
「武さんさー」
カシャカシャと。
いや、実際にそんな音はなっていない。
どちらかというとぴろんぴろんだ。
私はスマホを使って自分の手の写真を沢山取りながらベッドに腰掛け何やらタブレットを弄っている彼の名前を呼んでみる。
「なんで手の写真なんか取ってんだ?」
「いや、イラスト描く時の参考にするために。やっぱり写真で見るのが一番だからさ」
「なるほど」
「それで、武さんさー。ちょっと気になった事があるんだけど」
「なんだ?」
「天童さん……桜子さんのご家族って、もう亡くなってるんだよね?」
「本人から聞いたのか?」
「うん、そう」
私から聞いたというのは言わない方が良いだろう。
デリカシーのない質問だし、そんな事を言ったとなれば間違いなく小言を言われる。
それに、こんなところで彼からの好感度を下げる訳にはいかない。
……恩人であり協力者である武さんに嫌われるのは嫌だから。
それだけだ、うん。
「それでさ、思ったんだけど。桜子さん、あまり態度変わらないよね」
「うーん?」
「いや、ほら。やっぱりショックを受けてそうだけど、何と言うかあまりそういう雰囲気を出していないというか。だから学校でもあの人の家族がそんな目にあったって事を知っている人、全然いないし」
「本人がいないところでこんな事を話すのはなんだかと思うけど、だけど結構本人は気にしていると思うよ。その、雰囲気が出てないってところは俺にはよく分からないけど」
「あれじゃない? 親しい人の前だから、みたいな」
「……え?」
よく分からないと言ったようにきょとんとする武さんを見て私は苦笑する。
「武さんの事、桜子さんは結構信頼していると思うよ。だから、無防備な素の姿も見せると思うし」
「そうか」
「だからちょっと、うーん」
「どうかしたか?」
「ああ、うん。何でもない」
悩んだようなそぶりを見せる私に対し、武さんは少し心配するような表情を見せる。
ずるいなぁ、そんな風な顔をするのは。
反則だよ。
「と、ともかく。桜子さんってあまり感情を表に出さない、隠し通すタイプだから、武さんはちゃんと見て上げてねって話」
「それは、うん。分かっているよ」
「後はまあ、武さんもあまり無理しないでねって事」
「俺が? 何を?」
「いや、ほら。武さんって桜子さんの保護者になりたてじゃん? だからその事で必死になるあまり無理して頑張っちゃいそうだから。武さんってどちらかと言うとそう言うタイプな気がするから」
「別にそういう人間ではないけれど、まあ。忠告はありがたく受け取っておくよ」
にこりと微笑んでくる。
ああ、くそ。
そういうのもずるいよ。
そんな風に優しい笑顔を向けてくれるなんて、最近では両親もしてくれないのに。
特別に思っちゃう。
特別に思ってくれてると勘違いしちゃう。
ああ、でも。
私は素直じゃないから、私は心のドキドキを抑えるように敢えてにやにやとした笑みを浮かべつつ立ち上がって部屋を横断し、
ぽすっ。
「ん?」
「んっふふ~」
彼の膝の間に収まった。
「……何やってんだ、朋絵ちゃん?」
「何って、武さん。美少女が近くにいるんだから、もっと可愛い反応してよ。ほら、ぐりぐり~」
と、後頭部を彼の胸元に押し付ける。
やばい。
や、ヤバい。
何やってんの、私。
正気に戻れー、私。
だけど私が頬を上気させながら、後戻りをするキッカケもなく、そのまま頭をぐりぐりとさせ続け――
「……」
「……? 武、さ――」
急に静かになった武さんを心配するよりも早く、私の身体が宙に浮かぶ。
武さんに腰を掴まれ、そして強引に持ち上げられたのだ。
そして私はベッドの上に優しく落とされる。
寝かせられる。
目をぱちくりとさせる私。
彼の顔が、すぐ近くへとやって来る。
うそ。
嘘。
どうなってんの……!
私は身体を抱き寄せきゅっと目を瞑り――
「……?」
そしていくら経っても『それ』とか『あれ』が来ない事に「おや?」と思い目を開ける。
ぺしっ。
「あだっ」
額に痛み。
何をされたのかは分かった。
デコピンだ。
武さんからデコピンされた。
「な、なにすんのー!」
「馬鹿な事をしたから、お仕置きだ」
彼は少し厳しい表情をして言う。
「そんな風に男を誘惑するような事をするのは、例え親しい仲でも止めなさい」
「う……」
イヤ。
ような、じゃないんだけど。
とは、言える状況ではなさそうだ。
そして勘違いして熱くなった頭がすっと冷たくなっていく。
「……」
私は黙って起き上がり彼の横を通り過ぎ、
「反省するためにちょっと一人になってくる……」
部屋を出て行こうとし、ふと気になった事があって振り返る。
「ねえ、武さん」
「なんだ?」
「もし、もしだよ。私に『そういう気』があって行動に移ったとしたら、どうする?」
「それは、そうだな」
彼は少し考えるそぶりを見せる。
それから、
「その時は、ちゃんと茶化さず真摯に対応するよ」
「……そっか――って!」
ず、と。
彼が一息で距離を詰めてきて。
気づけば再び、彼の顔が近くにあった。
耳元で囁くように、武さんが言う。
「……素直に好きって言ってもらえるのは、俺も嬉しいからな」
「~~~~っっっっ!!!!」
顔がまた熱くなる。
彼の言葉の真意は分かる。
分かる、から!
「ッ、お水飲んでくるっ!」
急いで私は離脱する。
ばたんと扉を閉める事すら忘れ階段を下りる。
「もう、もうっ!」
大人って本当に、ズルい!
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