第7話

 元々は。

 朋絵ちゃんと桜子ちゃんが出会うのは物語の中盤である。

 その頃の二人は『天童武』による手練手管により完全に骨抜きにされていて、もはや俺の操り人形と言っても過言ではない状態になっている。

 そこで『天童武』は朋絵ちゃんを家に招き、桜子ちゃんと一緒に……というのが本来の物語の流れだった。

 だが、今。

 物語の流れをだいぶ無視して事態は進行している。

 一体どうなってしまうのか。

 俺にも分からない。

 ただ、一つだけ分かるのはここを切り抜ければだいぶ俺としてもやりやすくなるという事だ。

 朋絵ちゃんの存在をわざわざ隠す必要がなくなる訳だから、それは俺にとってとてもありがたい。

 まあ、切り抜けられれば、だけど。


「……」

「……」


 そして今。

 二人は机を挟んで顔を見合わせている。

 朋絵ちゃんと桜子ちゃん。

 この状況で面倒なのは、二人は実は知り合いかもしれないという事。

 原作ではあまり語られてはいないけれど、二人は同じ学校に通っている。

 だから知り合いではなくても顔を合わせた事ぐらいはあるのではないか。

 

「やっぱり」

「……」

「天童って名前でまさかとは思ってたけど、こんな偶然ってあるんだね」

「私は貴方の事、知りません」

「私は一方的に知ってる。それだけだよ天童さん」


 どうやら、朋絵ちゃんは桜子ちゃんの事を知っているけど、逆に桜子ちゃんは朋絵ちゃんの事を知らないみたいだ。

 

「それで」

「ん?」

「貴方と武さんって、どんな関係なんですか?」

「んー?」


 と、朋絵ちゃんは首を傾げて見せる。


「私と武さんがどんな風に知り合ったとか、そこら辺は聞かないの?」

「そこははっきり言ってどうでも良いです。どうあれ既に終わってしまった事を今更聞いたところで意味はないですから」

「ふーん」

「で、どうなんです?」

「武さんは私の夢を応援してくれて、それでいろいろ手助けしてくれる人。ただそれだけだよ」

「そう、ですか」

「……それだけ?」


 やけに物分かりの良い感じな桜子ちゃんに朋絵ちゃんは不思議に思ったのだろう。

 眉をひそめる彼女に対し、桜子ちゃんは「まあ、ある程度は分かっていた事でしたから」と言う。


「そもそも、武さんがこの家に上げても良いと思った人間なんですから、そこまで悪い人間ではないのは分かっていました」

「……ふーん。信頼しているんだね」

「したいと思っています。ただ、貴方に関しては結構良い性格をしていると思っていますが」

「そう褒めないでよ、照れる」

「それはそうと、朋絵さん。貴方、イラストレーターになりたいようじゃないですか」

 

 桜子ちゃんの言葉に朋絵ちゃんは露骨に嫌な表情をする。


「そうだけど。それが、どうかした?」

「私にも見せてみて下さい。パソコンの中に保存されたデータはありますよね?」

「あるっちゃあるけど、どうして?」

「私はこの家の住人として、貴方がこの家に来てただ遊び惚けているだけじゃないか確かめる権利があります。分かりますよね?」

「イヤって言ったら?」

「イラストレーターを目指している癖に人に自分が絵を見せられないとか、その程度の夢なんだなと思いますね」

「はは、やっすい挑発だね」


 しかし朋絵ちゃんの顔は引きつっていた。

 どうやらその言葉に腹を立てたようだ。


「良いよ、見せて上げる。良いよね、武さん」

「ん?」

「一応武さんの部屋じゃん。確認を取った方が良いかなって」

「あ、ああ」

「良いって」

「貴方に言われるまでもなく、聞こえています」

「じゃあ、行こうか。武さんも、ほら」

「分かった」


 頷き、俺は二人の前を歩き自分の部屋へと移動する。

 部屋に入ると桜子ちゃんは部屋の中をきょろきょろと興味深げに見渡す。

 彼女は俺の部屋に入るのは初めてなので、いろいろと新鮮なのかもしれない。

 そんな彼女を無視し、朋絵ちゃんはパソコンをさっさと起動させて、そしてフォルダから自分の描いたイラストを大画面で表示させる。

 あれは、確か彼女が一番傑作と言ってた奴だろうか?


「ふむ……」

「どうよ」


 自信満々の朋絵ちゃんに対し、桜子ちゃんは極めて冷静に、


「なんか不自然に片手が隠れていますね」

「むぐ……」

「あと、なんかキャラクターが直立していて躍動感がありません。そういう絵なんですか?」

「う……」

「ていうか、何ならデッサン崩れが起きている気がします。反転すれば分かると思いますが、まさか敢えてそうしたとは言いませんよね?」

「お、ぐ……」

「あと、なんか見た感じどこかで見たような絵柄ですね。もしかしてこれ、模写ですか?」

「お前言ってはならん事をーっ!」


 朋絵ちゃんは泣いた。

 いや、実際には泣いてはいないけど、心の中では泣いているように見えた。

 そんな彼女を見、桜子ちゃんは「はあ」と嘆息して見せる。


「別に下手とは言いませんよ? 筋は良いと思います。ですが、そのイラストの状態でイラストレーターになりたいって言うのならば、まあ、大言も甚だしいですね」

「こ、これから上手くなるし?」

「なら、もっと努力しなさい。この家でなくても出来る事は沢山ある筈です。デッサン、クロッキー、アナログでもいろいろと勉強が出来ます」

「だけど」

「ん?」

「貴方の言う事は、正しいよ。反論のしようがない。だけど、折角こうして環境を与えて貰ったから、この環境で出来る事をしたいんだ」

「そう、ですか」


 朋絵ちゃんの言葉に桜子ちゃんは再度「はあ」と息を吐く。


「さっき言った通り、貴方はまだ未熟ではありますが、しかし筋はあると思います。だから、それを潰さないよう、努力しなさい」

「それは、分かってるよ」

「ですが、ぬるま湯に浸かった状態でやっていては緊張感がありません。なので、ここは目標を決めましょう」

「目標?」


 きょとんとする朋絵ちゃんに桜子ちゃんは、


「学園祭。11月に学園祭がありますよね」

「ああ、そういえば」

「それのパンフレットの表紙の公募があった筈です。それに応募して、採用される事を目標としましょう」

「それは」

「自信がないのですか?」

「な、ない訳じゃない。ただ、いきなり過ぎてびっくりしただけ」

「なら、それで大丈夫ですね?」

「ん。分かったよ」


 朋絵ちゃんは決意に満ちた表情で言う。


「この家に来ている間はデジタル作画を頑張って、それ以外ではアナログで出来る事を勉強する。そして、目標は、学園祭のパンフレットの表紙」

「学業も頑張りなさい?」

「わ、分かってるってば」

「そう。では、良いでしょう。貴方の事を、私は認めます――良いですよね、武さん」


 こちらを見る桜子ちゃんに俺は「ああ」と頷く。

 なんにせよ、朋絵ちゃんがこの家を訪れる事を桜子ちゃんは許容してくれたようだ。

 良かった良かった。

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