第13話

 真夜中。


 俺はやるべき作業をようやく終えて、一つ伸びをする。

 作業と言うか、まあ、趣味なのだが。

 現在、朋絵ちゃんのモノと化しているパソコン類を使ってのお絵描き。

 とても懐かしい行為だ。

 もっとも前世の俺はこんな液タブなんて持っていなくてただの小さい板タブを使っていたのだが。

 そのため液タブに慣れるのにちょっとだけ時間を要したが、慣れてしまえばするすると描ける。

 最も、前世でも趣味レベルでしか描いていなかったので、腕前に関してはお察しだ。

 ツブヤイターにあげるまでもない。

 しかし、やはり絵を描くのは楽しいと思う。

 朋絵ちゃんの気持ちも良く分かる。

 ただ、これを職業にするとなると、辛い事や大変な事も沢山あるだろう。

 仕事というのはそういうものだ。

 それを乗り越えてもなお、彼女は絵を描く事を楽しいと言えるのか、それは少し心配ではあるけれど。

 だけど今は、どのような結末が待っているにせよ彼女の事を信じるというのが筋というものだろう。


「ふぅ……」


 凝り固まった肩を回して解しつつ、俺は立ち上がって部屋を出る。

 一階に降りてお湯でも飲もうかと思ったのだが、階段を下りる途中で一階の電気がついている事に気づき、「おや」と思う。

 なんだろう。

 桜子ちゃん、起きているのか?

 そう思いながら降りていくと、電気がついていたのはリビングだった。

 リビングではテレビの電源も点いていた。


『とどめは必殺技で決まりです!』


『ディザイア・クルセイド!』


 派手な音と演出と共に魔法少女がビームをモンスターに向けて放っていた。

 今、流行の魔法少女アニメ。

 確かタイトルは、『魔法少女は電波と共に』、だったか?

 内容は知らないけれど、ライトノベルが原作の深夜アニメだった筈。

 それを知っているのは朋絵ちゃんが教えてくれたからだが、しかし桜子ちゃんも見ていたのか。

 それも、リアルタイムで。

 いやでも、彼女の性格からしてアニメを見るような事はしなさそうだし、だとするともしかして朋絵ちゃんに勧められたから視聴したのかもしれない。

 そっちの方がよっぽと桜子ちゃんらしい。


 すうすうと寝息を立てている桜子ちゃんを起こさないよう、俺はひとまずテレビの電源を切る。

 それから、ソファの上で眠る桜子ちゃんを見下ろす。

 

「……」


 今、やろうと思えば彼女を襲う事は出来るだろう。 

 彼女の純潔を奪う事が出来る。

 しかしそれは間違いなく物語、いや、これからの俺の人生の進展に関わってくるだろう。

 

『気づけばみんな、あいつの雌になっていた』。

 典型的なNTRエロゲだ。

 それも基本的にエッチなシーンがメインで、ストーリーは結構ご都合主義なところがあった。

 情報が不足しているところが多く、まあ、そこら辺がプレイヤーの想像力を掻き立ててくれたという側面もあるが、それはさておくとして。

 問題なのは、この世界はこのエロゲにとても酷似した世界ではあり、間違いなく原作補正のようなものがあるみたいだが、しかし世界の整合性というものを俺は100パーセント把握し切れていないという事だ。


 ストーリーと設定は二の次だったエロゲの世界。

 ただエロいシーンを楽しむだけだったらそれで良いが、世界を運営するならばそれだけでは足りない。

 つまるところ言いたいのは、この世界は表面的にはエロゲの舞台だが、裏ではどんなものが潜んでいるのか分からないのである。

 

 例えば、ここで彼女を襲うとしよう。

 それは間違いなく成功するだろう。

 そして原作補正が働けば、間違いなく彼女の心は俺のモノとなる。

 しかしその際、彼女が俺のモノとなった時世界はどのような動きをするのか、俺にはさっぱり分からないのだ。

 

「……」


 俺はエロゲの竿役であって、都合良く世界を改変出来る神様ではない。

 世界の荒波には勝てないし、当然社会のルールにも則って生きていかねばならない。

 犯罪をしたら檻の中、変わってしまった人間関係は修復する事は適わない。

 うん、まあ。

 だから、そういう事なのだ。

 行動に移るには、そうとう慎重にならねばならない。

 細心の注意を払い、彼女とは愛し愛されなくてはならない。

 それは他のヒロインにも同じ事が言える。

 手っ取り早く原作通りに行動したら原作のように進むとは思うが、その裏で何が起こるか分からない以上、俺は丁寧に事を進めなくてはならない。


「はぁ……」


 まあ、そんな御託を並べたところで。

 俺には、こんなすやすやと幸せそうに眠る桜子ちゃんの事を強引に襲うなんて事は出来なさそうだけれども。 

 こんな役割を得たところで、俺は俺。

 小心者なのだ。

 まったくこれでは、NTRゲーの竿役おじさんの名折れだ。

 まったくもう、まったくもう。


 俺は彼女を抱きかかえ二階へと運ぼうかとも思ったが、しかし現実的な行為とは思えないので考え直す。

 とりあえず、毛布を持ってこよう。

 そう思い、俺は使ってない毛布がしまってある部屋へと音を立てないように向かうのだった。

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