第32話

 休日。


「いやー、知ってはいたけど、凄い場所だねぇ」


 辺りをきょろきょろと見渡しながら、朋絵ちゃんが言う。

 この場所、秋葉原は確かに凄い場所だ。

 ところどころにアニメのキャラクターがいるし、遠くにはメイドさんがいて何かをしているのが見える。

 サブカルチャーというか、オタク文化のルツボ。

 それがここ、秋葉原と言う場所だと俺は思っている。

 しかし今回、俺達がここに来たのはそのオタク文化を楽しみに来たからではない。


「えーっと、目的の場所はどこだ?」

「あっちだね、武さん」


 と、朋絵ちゃんがスマホを操作しながら歩いていくのを、俺は追いかける。

 こういうのはやはり黙ってついて行くのが吉だろう。

 そうして歩く事数分。

 3分も経っていないかもしれない。

 辿り着いたのは、縦に大きいビル。

 電気屋である。

 ビルの入り口に置かれているゲーム機に視線を奪われつつ、俺達はエスカレーターに乗って目的の階へと昇っていく。

 目的の場所は、3階だ。

 そこに辿り着いたら後はすぐ。

 それはすぐに現れた。


「うへー。やっぱり知っていたけど、液タブってたっかいね」


 それ、液晶タブレットを見ながら、朋絵ちゃんは眉を潜めてそう言うのだった。


 今回、俺は彼女の買い物の付き添いでこの場所に来ている。

 目的の物は、イラスト製作に必要な用品。

 パソコンは必要ないらしい。

 それは通販で取り寄せたようだ。


「いやー、パソコンだけで15万くらいなくなったんだけど」

「そりゃあ、快適な創作活動をするためにはそれくらいは必要だろ」


 そんな会話があったりした。


 ……結局、彼女は両親からイラスト製作に関して多少の理解を得られたみたいだった。

 こうして、パソコン用品を買いに行く事が出来たのもその証拠だ。

 ただし、一切の手伝いはしない。

 そして、学業もしっかりする。

 まあ、それに関しては今までと同じなので大丈夫だろう。


「ま、あ。今回は液タブは買わないんだけどね」

「そうなのか?」

「うん。今回は、板タブで我慢する事にする。高い高い液タブは、もうちょっと活躍できるようになってから」

「今まで液タブを使ってただろ、慣れてないんじゃないか?」

「慣れれば良いんだよ。それに、結構お金、かつかつだから」

「そうか」


 本人がそういうのだから、そう言う事で良いだろう。

 そのまま朋絵ちゃんは大きめの板タブレットを持ち、レジへと持っていく。

 それを購入した後、別の階でイラストレーションソフトのパッケージも購入する。


「セイとクリステ、どっちにするんだ?」

「クリステ。やっぱ今の時代はクリステだよ」

「そうか」


 そう言う事らしい。

 

 そうして、今日の目的はあらかた終了。

 買い物はお終い。

 となると、後は帰るだけなのだが。


「折角だから、何か食っていくか?」

「うん。ちょっと私、気になる奴があるんだ」

「へえ、どんなのだ?」


 ホットドッグだった。


「え? わざわざアキバに来て食べるのがホットドッグ?」

「ここ、本場アメリカの味を楽しめるって事で有名らしいよ、結構」

「……へえ?」


 よく分からないが、まあ、何事も試してみるものだろう。

 さっさと店の中に入り、お目当てのホットドッグを購入する。


「うっぷ」


 して、後悔した。

 メチャクチャ胃が重たい。

 30歳の胃にアメリカンなホットドッグはちと厳しかった。


「ていうか何故にあんな立派なソーセージがパンの間に3本も挟まってるんだ……」

「大丈夫、武さん?」

「大丈夫……」


 死に掛けているけど。

 それから俺達は、何となくそこら辺をぶらぶらとした。

 特に当てもなく、ウィンドウショッピング。

 秋葉原でウィンドウショッピングとなると見るのは基本的にパソコン用品かもしくはオタクグッズ。

 それでも、俺達はそこそこ楽しめたと思う。

 少なくとも、朋絵ちゃんは始終楽しそうにしていた。

 それなら良いかと、思った。

 今日の主役はあくまで朋絵ちゃん。

 彼女が楽しいなら、それで良い。


「はー、あっという間に日が暮れちゃったねー」


 そして、楽しい時間はあっという間に終わる。

 電車に乗り、最寄り駅へと辿り着く。

 何となく、懐かしい。

 彼女と出会った場所。

 俺達は不思議と誰もいない、駅の外にある広場の一角で向かい合う。

 

「どうだった、朋絵ちゃん? 今日は、楽しかったか?」

「うん。楽しかった」

「それは、良かった」

「武さんは?」

「ん?」

「武さんは、楽しかった?」

「……楽しかったよ」

「それは良かった」


 ニコニコと笑う、朋絵ちゃん。

 ああ、良かった。

 その笑顔を見て安心する。

 何も迷いもない、そんな笑顔。

 そんな顔を出来るのならば、もう、心配する事はないだろう。


「朋絵ちゃんは、これからどうするんだ?」

「これから?」

「パソコンがあるから、もう俺達の家に来る理由がなくなるだろ?」

「意地悪な事言うね」


 むっとした顔をする朋絵ちゃん。


「これからも、そっちに行きたい。勿論武さんがダメっていうなら聞くけど、だけど、出来るならこれからも家に行きたいな」

「ちゃんと、イラストも学業も出来るならな」

「もちろんだよ」

「それなら、良い」

「……ねえ、武さん」


 と、朋絵ちゃんは少し遠くを見ながら言う。


「私、武さんにいろいろな事を貰った。武さんにたくさん助けてもらった」

「俺は俺のエゴでしたまでだよ」

「武さんの、エゴ?」

「君みたいな子は放っておけないっていうエゴ。お節介なんだよ、俺は」

「そう、だね。そうかも。だけどね、そんな武さんだったからこそ私は――」


 彼女は。

 夕日に照らされた彼女は。

 満面の笑顔を浮かべながら。

 そう告げる。










「そんな貴方に、とても感謝しているんです」

 

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