第41話
本格的に困った事になったと思った。
現在、この家には俺しかいないためにすべて俺が応対しなくてはならないというのもあるが、それ以上になんか彼女の表情からどこか吹っ切れたような、あるいはやけくそのような感情を感じられたのである。
……何かがあったのか、はたまた我慢の限界がやって来たのか。
どちらにせよ、ロクな事がないのは間違いない。
「えっと」
「……いえ、えっと」
と、今度は少しだけバツが悪そうな表情になった夜月ちゃんが言う。
「別に、この前みたいに家出して来たって言う訳ではないです」
「あ、そうなのか」
「ただその姉さんがうる――いえ、何でもないです」
どうやら姉とひと悶着あったのは間違いないらしい。
なんていうか、本当に正しく仲良し双子だった原作とは関係性が異なっているように感じる。
あるいは、やはり普通の人間と同じくぎくしゃくするタイミングがたまたま今やって来ただけなのだろうか?
分からないけど、どちらにせよ姉妹である事を抜きにしても喧嘩をしているのは良くないと思う。
それで生活に支障をきたしていそうなのだから、猶更だ。
とはいえ、こちらからいきなり「お姉さんと何かあったのか?」と単刀直入に尋ねるのは良くないと思った。
だからとりあえず、まずは彼女が話しやすいような状態にしようと思い、行動に移る。
まず、彼女が好きなお菓子。
金剛夜月ちゃんが辛党なのは知っている。
が、ここで刺激物を食べちゃうのは悪そうなので普通にしょっぱいものにしておく。
煎餅。
二度漬けで罅に醤油が沁み込んでいる、個人的にこの世で一番美味しい奴だ。
朋絵ちゃんも桜子ちゃんも煎餅はあまり食べないのでほとんどの場合俺だけが食べているのだったが、お陰で在庫はそこそこある。
一緒に出すのは、温かいお茶。
玄米とほうじ茶を自分でブレンドした奴。
香ばしい香りと味が個人的にベストマッチ。
「……」
ぼりぼりぱりぱり。
煎餅を一口齧り、それから「ん?」となり、それから黙って食べる口が早くなったように感じる。
どうやら気に入ってくれたようだ。
そして一枚をすぐに食べ切り、そして二枚目を食べ始め、そしてそれを食べ終わったらお茶で一服。
ちょうど良い暖かさで飲みやすい温度のお茶をこくりこくりと飲み干した彼女は「ふー」と息を吐く。
それからこちらを見、少し顔を赤くする。
「お、美味しかったです……いえ、美味しかったですね。この煎餅、なんて言う名前で売っているんですか?」
「これは『すんごく美味しい煎餅』だ」
「……ん?」
「『すんごく美味しい煎餅』って名前で売ってる」
「凄い名前ですね……いえ、本当に凄く美味しかったのですが」
なるほど、と頷き。
それから彼女は「あの」とぎこちなく話し始めた。
「えっと、姉さんとちょっと、まだ喧嘩してまして……金剛朝日って姉なんですけど、優しい人で。だから謝りたいとは思っているんです、でも」
「何か、譲れない事があるのかな」
「……なんて言うか、その――言い方が悪いんですけど、姉さんの態度がちょっと引っ掛かっているというか」
「?」
はて、と首を傾げる俺に対して彼女もどうやらうまくその答えを言語化出来ていないようで、口を開いたり閉じたりする。
それから彼女は「……すみません」と眼を伏せた。
どうやら、上手い表現を見つける事が出来なかったらしい。
「だけど、やっぱり今のままでは駄目だと思ってはいるんですよ。それを時間に任せるのもなんだか変だとも思ってますし」
「同じ時間を共有している仲の人と気まずいのは、やっぱり嫌だもんな」
「はい」
「……とはいえ、俺が何か手助けする事は出来ない、部外者だから。桜子ちゃんや朋絵ちゃん、後は翔君もいるのだし、仲介したりして貰う事は出来るんじゃないかな」
「ん、」
俺の出来る事と言ったら手伝いをする事ではなく、ちょっとした助言をする事くらいだ。
俺と彼女はそこまで仲が良い訳ではなく、何なら赤の他人同士だ。
だから、出来る事と言ったら「誰か仲の良い人を間に挟んでもう一度話し合ったら?」と伝える事くらいだった。
「……そう、ですよね」
彼女はあまり気乗りしない様子だったが、とはいえ俺の言葉に納得した様子だった。
うん、うんと頷き、それから「ありがとうございます」と伝えてくる。
「なんか、いきなり来たと思ったら勝手な事言って、ついでにお菓子もいただいちゃって」
「大丈夫だよ、どうしようもないって思った時誰かを頼ろうとするのは悪い事ではない――で、えっと」
俺は「ちらり」と彼女が持ってきたリュックサックを見る。
「その、リュックサックは?」
「あー、これは」
彼女は少し気まずそうにしてから言う。
「えっと。私の書いた小説を、読んではくれませんか?」
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