第15話 あの時のお礼はまた今度
内装は至ってシンプルに、狭くはなく、かと言って広いとは言い難い一人暮らしに最適な広さだ。
最低限の物しか置いていないのか、部屋の広さを十分に感じられる空間になっている。
良く言えばそうだが、少し悪く言えば簡素な部屋という印象だ。
「ごめんね、狭くて」
「いや全然、むしろ一人ならこれくらいの方が落ち着く」
元々家族で住んでいた家に一人暮らしするっていう方が居心地がままならない。
一人で済む分にはあの家は広すぎる。
「あはは、そう言ってもらえると助かるわ」
絨毯が敷かれている床に腰を下ろし、部屋全体を見回してみる。
やはり女子高生を思わせる物はほとんどなく、学校指定のカバンとハンガーに掛けられた制服のおかげでせいぜいそう思える程度だ。
一貫して雰囲気の感想を述べたまでで、実際驚くほど清潔感が漂っているというのが全体的な感想だ。
埃ひとつ見えず隅々まで掃除が行き届いているのが見て分かる。
部屋にいて居心地がとても良い。
というか、部屋に入った瞬間からいい匂いが常に鼻元を漂っている。
「……あんまりジロジロ見られると恥ずかしいんだけど」
「ごめんごめん。それで……今日はなんで呼ばれたんだ?」
家に誘われてからまだその目的を一度も聞かされていない。
「お昼、まだ食べてないよね?」
試験は午前で終了して、そのままスーパーへ行ったためもちろんまだ済ませていない。
コクッと首を縦に一度振った。
「勉強を教えてもらったお礼と、この前約束したこと。今度は私があんたに食べさせる番だから」
「あぁ、そういうこと」
以前俺の家で大塚に晩御飯をご馳走した時に、次は私が作ると言っていたことを思い出した。
「あっ、もちろんこれで勉強教えてもらったお礼を済ませるわけじゃないからね」
「別に礼なんていらないんだけど……」
「そういうわけにはいかないって。時間削ってまで私に教えてくれたのに何もしないんじゃ、人として有り得ないでしょ?近々、ちゃんとしたお礼をしたいの」
「………じゃあその時は頼むわ」
「うん」
キッチンへと移動した大塚は早速とばかりに料理に取り掛かっていった。
その間、俺はというとただその後ろ姿を眺める以外にやることがない。
後ろから見ても、手際よく進められているのが分かる。
「試験……どうだった?手応えあったか?」
「あっ、うん。すごい良かった。今までとは信じられないくらいシャーペンがスラスラと動いた」
「そりゃ良かった。教え子の結果が楽しみだ」
教えといて大塚の成績が大して変わらないのでは、俺の教え方が悪かったのではと不安になってしまう。
「そういうあんたはどうだったの?私に教えてばかりで成績が落ちただなんて言われたら、──」
「そんなことは絶対有り得ないな。仮にそうなったらそれは完全に俺の力不足だ。むしろ今までで一番手応えを感じてるよ」
「そっか、それなら安心だね」
それから少し待ち、ようやく昼ご飯が出来上がった。
二人分を小さなテーブルに並べ、対になるように座る。
「「いただきます」」
二人揃って手を合わせて、様子を窺う大塚を前に俺は目の前の料理に手をつけた。
一口、また一口と口に運んでいく。
さらに二口、三口と続けて、気がつけば夢中になって食べ続けていた。
「……ど、どう?」
「おいしい、めっちゃ美味しいよ」
俺の反応にホッとしたように笑みを浮かべて、自身も食べ始めた。
お世辞などではなく、本当に美味しい。
疑っていたわけではないが、こんなにも大塚の料理が上手いとは思っていなかった。
そうして気づけば最後の一口となっていた。
まさに想像以上の美味しさだった。
誰もが作れるような料理でもここまでの差が出るものなのかと、深く考えてしまう。
「あんたはさ……やっぱりいいやつだよ」
「ん?いきなりどうしたんだ」
「私の元カレ……安藤はさ、この部屋にきた時から態度が変わったの。たぶん、私のことをもっと綺麗なイメージで見てたのか、こんなぼろアパートに住んでるとは思わなかったんだろうね」
なるほど、価値観の違いで別れたというのはそういう事だったのか。
「確かに外観はぼろアパートだろうけど、少なくとも大塚の部屋はめっちゃ綺麗にされてるじゃん。ギャルとは思えないほどに清潔感があるよ」
「はぁ?それ世界中のギャルを敵に回すことになるけど」
「清潔系ギャルとしてやっていけよ」
あっ、いやどちらかと言うと家庭的ギャルの方がしっくりくるような気もする。
「……別に私自らギャルって言ってるわけじゃないし」
「え、でも髪の毛金色だし、喋り口調強めでたまに睨むと超怖いし……それのどこがギャルじゃないの」
それはもう自称していなくとも通称ギャルという区分になるだろう。
「金髪やめたらギャルって言われなくなるの?」
「それだけじゃまだ分からないでしょ。もっと優しい表情で、こう……清楚っぽさを出さないと」
「………それはあんたの勝手な好みじゃないの」
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