公園でギャルを拾う、幼馴染が家にいる

はるのはるか

第一章

第1話 クラスメイトを拾う

 金曜日の放課後に突然降り出した大雨の中、俺はダッシュで家まで駆け走っていた。


 バッグで頭上を覆ってはいるものの効果があるはずもなし。


 一刻も早く帰宅したかったはずなのだが、ふとして走る足を止めた。


 そこは近所の公園、轟音とともに降り止まない大雨の中でポツンと、傘もささずに突っ立っている同じ制服の生徒を発見した。


 天を仰ぐように上を向き、顔からもろに雨をくらっている。


 特徴的な金色の長髪が目に留まり、俺はゆっくりと公園の中に足を踏み入れていった。


「……やっぱり、大塚…さんだよね?」


 ずぶ濡れになりながらも雨の滴る顔はなんとも映える。


「こんなところで何してんの。風邪引くけど」


「……あんたには関係ないでしょ」


 顔をこちらに向けることなくそう言い放った。


 こう言われては、何も言い返せない。至極正論だからだ。


「……それでも気になるんだよ。知らない奴ならまだしも、クラスメイトが大雨の中傘もささずにいて見て見ぬ振りできるかよ」


 すると、ようやく大塚が俺の方へ顔を向けた。


 それでも言葉は発することなく、大雨による轟音だけが鳴り響く。


「その……彼氏はどうしたんだよ。一緒じゃないのか」


 俺のこの言葉に、大塚の手がぴくりと反応したのが見えた。


 こんな状態で安藤かれしがいないんだ、おそらく何かあったのだろう。


「俺みたいな人間が言える立場じゃないけどさ、ちょっと喧嘩したくらいで自暴自棄になるなよ」


 カップルの痴話喧嘩とか、陰キャにとっては一番憎たらしいものと言える。


 当人たちは本気で苛立って喧嘩していても、傍から見ている俺たちにはただ見せつけられているようにしか見えないのだ。


 俺のクソみたいなアドバイスを聞いてくれるはずもなく、大塚は尚も無言を貫いている。


 俺は頭の上に当てている自らのバッグを下ろし、通常の持ち方へと変えた。


 風が吹き荒れる大雨の中で頭を覆っていても何も意味がない。


 ほんの数十秒で俺も大塚と同じくらいのずぶ濡れ状態に成り果ててしまった。


「……なんでここにいるの。帰んないの」


「はぁぁ?それは俺が言いたいっての。お前が気になって帰れないんだよ。ここから動く気がないんなら親でも呼んで迎えにきてもらえよ」


「…………あんたの家に泊めてよ」


 俺の顔を見て、唐突にそう言い出した。


「なに、そんなに大きく口開けて」


 訳のわからない発言に驚愕の表情を浮かべている俺を見て、大塚はほんの少し口角を上げた。




「ちょっとそこで待ってろ。まだ上がるんじゃねぇぞ」


「あっ……うん」


 床を濡らしながら廊下を歩き、新品のバスタオルを準備して、浴槽の自動お湯張りボタンを押した。


 大塚を脱衣所まで案内し、バスタオルの位置を教えて速攻で扉を閉めた。


 結局俺に家に連れてくるという選択しかなかった。


 一回断ったのだが、そこから埒があかなかったため、仕方なく連れてきたのだ。


 そう、これは仕方なくの行為なのであって決して下心があるわけではない。


 風邪を引くといけないので、俺も急いで制服を脱ぎ、部屋着へと着替える。


「ったく……なんで俺が彼氏持ちの女子を家に連れてこなきゃならんのか」


 この事実は口が裂けても安藤に言うことはできない。というより学年全員、誰一人として知られてはならない。


 さもないと俺の学校生活と命に関わる。


 部屋着に着替え終わってふと現実へと思考が切り替わる。


 大塚の着替えをどうするのかという問題だ。


 無難なところで言うと体育着ジャージ(もちろん俺の)がいいだろうか。


 まだ夏の終わりのこの時期ではジャージの着用はないため、洗濯された状態でしまってあった。


 後ろめたさを抱えながら、脱衣所の扉に耳を傾ける。


 小さくシャワーの音が聞こえて、ゆっくりと扉を開けた、と同時に素早くジャージの上下セットをバスタオルの横に置いてすぐさま退散した。


 彼女が出てくる前に、俺は他のことである程度の準備を済ましておくことにした。


 そうして数十分が経った頃、脱衣所の方から扉が開かれる音が聞こえてきた。


 俺がいるキッチンまでは脱衣所から一直線だから大丈夫だと思っていたのだが、聞こえる足音が近くなったと思えば遠くなり、数秒経ってようやく顔を出した。


「おう、ちゃんと身体を温めて来たか?」


「あっ、うん………その、ありがとう」


 上下ジャージ姿の大塚をリビングのソファに座らせ、もう少しだけ時間を要するとだけ伝えた。


「……もしかして、何か料理してる?」


「もう六時だしな。それほど早い晩御飯ってわけでもないだろ」


 鍋に作り置きしておいた味噌汁に、こちらも作り置きして冷蔵庫に入れておいた生姜焼きを電子レンジで温める。


 四枚作っていた生姜焼きを全部食べるつもりでいたが、ここは二枚ずつ皿に分ける。


 と、グッドタイミングで炊飯器から米炊き完了の通知音が鳴った。


 白米を二人分の茶碗によそり、それらを順当にダイニングテーブルに並べていく。


 全てを並び終えたところで大塚を呼び、互いに顔を合わせる形で席についた。


「驚いた……あんた、料理できるんだ。全然イメージと違った」


「俺に何かイメージを抱いていたんだな。大塚なんかには認知されていないと思ってたんだけど」


「……私のこと馬鹿にしてる?榎本がく、ちょっと暗めの男子って感じのイメージがあったけど、学校と全然違うのね」


「いんや、大して違いもないだろ。お前が陽キャ、俺が陰キャという風に分類されているのにも納得がいくし、実際俺はお前とは全てが違う」


 正反対の人間同士がこれから二人きりで食事をしようというのだから、存外生きる世界が違うとまでは言えないのかもしれないが。


 それでも、本来は違う世界で生きる者同士なのだろう。





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