第6話 最低な男による噂
食堂からの帰り道で聞こえてくるとある噂に、俺は耳を傾けた。
その内容は、俺が事前に知っていたことだった。
“サッカー部エースの安藤と大塚ありさが別れたらしい”
部活のミーティングがある秋人とは別れ、校内の廊下を一人で歩いているなか、談笑している生徒の横を通り過ぎるたびにその話題が聞こえてくる。
先週の金曜日に大塚が言っていた通り、本当に安藤と別れていたようだ。
少しだけ、俺が彼氏持ちの女子を家に泊めることに負い目があることを気遣って大塚が嘘で言ったのかと思っていた。
そうだ、負目どころではない、バレれば全男子の目の敵にされて干されるのがオチだ。
どちらかと言うと危機感の方が強く抱いていた。
と、そんなくだらない事を勝手に思っていたのだが、耳に入ってくる噂話に一点だけ誇張されている部分があるようだ。
ただ単にあの二人が別れたというだけで校内が荒れているわけでもないらしい。
安藤と大塚が別れたのは、大塚の金使いの荒さが原因であり、安藤から大塚を振ったという噂。
これら全て噂話でしかないため、何も根拠はないのだが、この噂によって有利に立つのは安藤の方。
となれば安藤がこの噂の起源と考えるのが妥当だ。
なんて変な推理をして思考していると、この先の曲がり角からゆらゆらと揺れる金色の長い髪の毛が見えた。
金髪だけが角から顔を見せており、その人物の顔と身体は見えていないのだが、この学校で金髪といえば思い当たるのは一人しかいない。
近づいて行き、後少しのところでヒョイっと顔の一部が見えて目が合った。
そして手も出して、さらにヒョイヒョイと手招きするようにして動かしている。
その人物──大塚の元へ辿り着くと、途端に腕を掴まれて角の先へ連れて行かれた。
階段を上り、また上るとその先は扉があって行き止まりとなっている。
扉の前には金属チェーンが張られているここは、屋上へつながる階段。
対面する大塚の手には、青い学校指定のジャージ上下があった。
「はい、ジャージ返すね」
そう言われて手渡された俺自らのジャージ。
しっかりと畳まれ、この距離からでもほのかに香る匂いは柔軟剤だろうか。
「……?どうしたの、ちゃんと洗って返したよ?」
俺が手元のジャージを見つめていたからか、そう言われてしまった。
「あぁ……ありがとう。いや、なんて言うか……すごい綺麗な状態で返ってきたなって感心してた」
「なにそれ」
何を言っているのか分からないといった表情で腰に両手を置いて呆れている。
しかし俺は一つ大塚に疑問を持っている。
「なんでわざわざこんな密会までして渡すんだよ。同じクラスだろ、俺ら」
「え……?だってあんた、目立つの嫌でしょ。それとも何か、堂々とあんたの席の前まで行って渡せばよかった?渦中真っ只中の私が?」
「あっ………そりゃごめん。気を遣ってくれてありがとうございます………」
学年一の美女が影の薄い陰キャの俺と喋ること自体が問題だというのに、さらにジャージを返すときた。
どういう事かと周りから不審に思われてしまう。
それに今は……
「………こんな噂が立ってんのに、やけに普通にしていられるな。今のお前、結構悪い噂流れてるぞ?」
冷静に判断してこんな所でジャージを返そうと思ったことに、素直に感心する。
「知ってるっての。いちいち言わなくていいし」
「すみませんでした」
うぅ……ギャルこわ。
お泊まりを経て、なんか実は結構話せるんじゃねとかイキってみたけどただの勘違いでした。
「……どうせアイツが勝手に流したことだし、私は堂々としているだけ」
「じゃあ本当のことを周りに言うとか?」
「そんな事しないって。別にどんな噂が流れて私の周りからのイメージが変わったって気にしないし」
何も手を出さずに、この噂が飛び交う中を堂々と歩くと言い放った大塚。
こんなことを言える女子高生が他にいるだろうか。
本当にこの女は、カーストだとか陽キャだというものに一片の興味も持っていないのだ。
「もしかして、大塚って友達と呼べるような人がいないんじゃ……」
「……………ほんと死ねばいいのに」
凄まじい眼光で睨みつけてくる大塚に、恐怖のあまり俺は顔を背けた。
だって、あぁ言い切れるのはよっぽどそういう友人関係に興味がない人だけだろ。
幻滅して離れていく人がいないから堂々としていられる、そう捉えても不思議はないはず。
教室ではクラスメイトと談笑している度々見かけるが、いつも決まったメンツではない。
そして何より、俺は一度食堂でボッチ飯を決め込む大塚を目撃してるのだ!
「一人だけいるから、友達。昔からの幼馴染で親友の子」
「え、でもそれ他校っていうオチでしょ」
「………この学校だよ。クラスが違うだけ」
そうか……いるのか、友達。
それも昔からの親友ときた。
そんな存在が一人いれば、変な噂が流れたってそうそう疑うこともなければ幻滅することもない。
これは同じ幼馴染を持つ俺が言える確かなことだ。
一人だけ親しい友達がいればそれでいいという考えは、俺も賛成だ。
数がいたところで、遊ぶやつを取っ替え引っ替えすることで飽きないというメリットしかない。
いやメリットにしては酷すぎることだが。
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