第7話 黒板消しが俺に落ちた
「もういいでしょ。私戻るから」
階段を降りていき、廊下へ歩き去っていった。
少し経ち俺も階段を降りて教室へと向かった。
昼休みのうちは教室の外から大塚の噂がちょくちょく聞こえてきていたが、それでも本人がいる目の前で堂々と噂話で盛り上がる生徒はいなかった。
放課後のホームルームで担任の教師から聞かされたのは、これから始まる期末試験に関する内容。
試験三週間前に突入した本日月曜日は、各科目の教師から試験範囲が大まかに説明された。
具体的なページ範囲は二週間前、つまり一週間後に詳しく載った用紙が配られる。
三週間前と聞いて、まだ本腰を入れる必要がないと考えている生徒と、本格的に問題集に手をつけて対策をし始める生徒で別れる。
もちろん担任は後者の方を徹底して薦めているが、どれだけの生徒が真面目に取り組むのかは言うまでもない。
把握している限りではこのクラスの大半が部活動に所属している。
試験一週間前からは、大会を控えている部活を除き全ての部活動が禁止される。
それまでは部活と試験勉強を両立して行わなければならない。
そこで重要なのが、日頃から部活と勉強を両立できているかなのだろう。
当然ながら無所属の俺にはそんなことはどうでもいいのだ。
今日も家に帰ったら早速試験対策を始めるつもりだ。
…………と思っていたのだが、どうやらすぐには帰れそうにない。
放課後に突然俺の席の目の前までやってきた一人の女子、名前を確か相田といったか。
彼女が怒った顔で、ものすごい勢いで机に叩きつけてきたのは一枚のノート。
そこには日直ノートと書かれていた。
そう、今日の日直だったことをすっかり忘れてしまっていたのだ。
おかげで相方の相田に朝から全てを任せてしまっていた。
というわけで、これから教室の掃除と黒板清掃をやらなければいけない。
相田は帰ってしまったため、仕方なく俺一人でやる。
本当に申し訳ないことをしたと思っている。
教室からほとんど人がいなくなってから、掃除用具ロッカーからほうきと塵取りを取り出し、掃除を始める。
ポツンポツンと、二つの席の机にまだカバンが置かれているのを見るに、まだ二人戻ってくるのだろう。
ほうきでゴミを集め、一列ごとに溜めていく。
それらを塵取りで拾いゴミ箱へ投下する。
本来は日直のペアでやることだが、自業自得がゆえに一人でやったため、最後に塵取りに乗ったゴミをゴミ箱へ入れたのは20分が経過した頃だった。
その間に、一人の女子生徒が部活ユニフォームの姿で戻ってきて、カバンを持って教室を後にした。
黒板消しをクリーナーにかけるべくスイッチをオンにすると、教室中を音が鳴り響いた。
黒板消しについたチョークの粉を落とし、再び黒板を擦っていく。
下から順に上へ、平行になぞるようにかけていく。
一番上にさしかかったところで、黒板消しの持つ位置を下げて黒板の上辺に届くようにした時、黒板消しの先端を持ちすぎて手から落ちてしまった。
真下に落下する黒板消しは、俺の頭に見事に落ちてきた。
粉のついた面を下にして頭に当たり、パフっと粉を吹くとその弾みで床まで落ちた。
顔の周囲をチョークの粉が舞い、思わず咳き込んでしまった。
「──なにしてんの、あんた………」
教壇に立っていた俺の背後から不意に聞こえた声の主は、振り返ってみれば大塚だった。
自らの机に置いてあったカバンを横のフックにかけながら、俺に対して呆れたような表情で見ていた。
落ちた黒板消しを拾い、窓際まで行って髪の毛を思い切りクシャクシャに叩いた。
外にチョークの粉が次々と舞っていくのが見える。
とりあえず粉が出なくなるまでやっていればいいだろう。
「あれ、帰らないの?」
席に座って何かをやっている様子の大塚。
ガサゴソと聞こえるが、今の俺は見えていない。
「……なに、そんなに私が邪魔なの?」
やばい、なんかまだ機嫌悪い。
「あーいや、その……何やってるのかなって。放課後にわざわざ残って」
「……先生に質問してただけ」
ようやく粉が落ちてこないのを確認して顔を上げた。
机に教科書と指定の問題集を広げて、手にはシャーペンを握っている大塚。
機嫌を損ねない程度に近づいて見てみると、やっているのは数学のようだ。
分からない問題を聞きにいったという感じだろうか。
「───あ、ここは公式じゃなくてもっと単純に考えるんだよ」
「ちょっ……、近いって。何なの?」
つい気になって、気づけば彼女のすぐそばまで近づいてしまっていた。
「いやだから、こんな問題で公式使う必要ないんだよ。もっと簡単に考えてみな」
大塚がやっていたのはギリギリ試験範囲に含まれる箇所、というか今日の数学の授業でやった内容の少し応用的なものだった。
時として、公式に当てはめずとも正解に辿り着けることが稀にある。
それが数学の面白いところだと、どこかの物理学系ユー◯ューバーが言っていたが、俺は勉強が面白いと思ったことはない。
ただ、やらなければいけないものだと完全に割り切って頑張っているだけだ。
「………………もっと、分かりやすく言って」
シャーペンを強く握りしめて、前のめりの姿勢になってそう言ってきた大塚。
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