第5話 質と量は申し分ない
ガサツで基本面倒くさがりの美玖が断れずに体育祭実行員をやることになったわけは、学校に近づくにつれて明らかになっていく。
校門に差し掛かったあたりで一人の女子生徒がこちらに近寄ってきた。
そのタイミングで俺は美玖から距離を置くようにして離れていく。
なぜなら俺は巻き込まれたくないからだ。
「おはよー加藤さん」
そう言って近づいてきた女子生徒に対して、美玖は上品にこう応えた。
「あら、おはようございます田村さん」
次々に美玖へ挨拶をしていく多くの生徒たち。
それは女子だけに留まらず、男子生徒も多く混じっている。
彼女の顔は常に笑顔が保たれており、何時も崩すことはない。
あれはもちろん作り笑顔であり、それを知るのは俺しかいない。
あれこそが美玖の外面の正体である、お嬢様キャラだ。
どうしてこうなったのかは俺には分からないが、美玖は昔から人当たりが良かったため、愛想よく振る舞い、似つかわしくない丁寧な言葉使いをしていたらああなってしまったらしい。
面倒くさがりではあるが頭は切れるため、今までボロが出たところは見たことがないし、一度会話しただけで相手の名前を覚えているのだから大したものだと感心する。
とまぁ、美玖のことは心配する必要はないから俺は一人で昇降口玄関の下駄箱で上履きへと履き替えていく。
教室へ向かい、中に足を踏み入れるといきなり教室内に目立つ髪色の女子生徒へ視線がいってしまった。
すでに登校していた大塚は友達と談笑しているようで、いつも通りの様子。
何があったというわけではないのだ、変に意識する必要はない。
そう思えば気は楽になった。
淡々と進んでいく時間割の合間に挟まれた昼休憩の一時間。
この学校には食堂があり、俺はそこへ向かうために教室を後にした。
なんと驚き、入学時に知ったことなのだが在校生徒はタダで食堂を利用することができるそうだ。
さまざまあるメニューの全てがタダで食べられるとあらば、わざわざ弁当を持ってくるような阿呆はいない。
食堂へ赴けば、そこは一般的なフードコートと比較しても広く、全校生徒全員が座れるほどの席数を誇っている。
つまりは、在校する生徒だれもがこの恩恵を受けることができるというわけなのだ。
「そんなところで突っ立って何してんだよ楽」
気さくな声で話しかけてきた一人の男子生徒。
まだ入学して半年経って唯一の俺の友達である
「……お前、やっぱり誰が見てもイケメンって答えると思うよ」
顔も性格もいいこの男がなんで俺の友達やってんだって思うくらいだ。
「また変なこと言ってんのかよ。早く食べようぜ、腹減った」
大量に重ねられたトレーを一枚掴み、レールにスライドさせながら他生徒が並ぶ列に合流する。
メニューは全部で五つほど、日によって五つのメニューが異なっていく。
今日はカツ丼、魚のフライ定食、生姜焼き定食、カツカレー、カレーだ。
今日はラーメンはないみたいだ。
「おばちゃん、俺カツカレーで」
「俺はー……魚のフライ定食」
秋人がカツカレー、俺が魚のフライ定食を頼んだ。
直後に厨房から「あいよー」という返事が返ってきたからしっかり伝わったのだろう。
たまに誰も表に姿を見せていない時はこうして大声で叫ぶといいと先生に言われた。
シャイなやつは昼飯も食べられないシステムなのかと思ったが、基本的にはすぐそこに注文を聞き伝える人がいるのだ。
そうそう、席を見渡すとチラホラと教員の姿もある。
お目当ての品をトレーに乗せ、どこか空いている席に二人で向かいあう形で座った。
「楽って毎回違うやつ頼むよな」
「そういう秋人は決まってカレーだな」
「俺はカレーが好きなんだよ。ハズレがないし、何よりここのカレーはめちゃくちゃ美味いからな」
「俺はいろんなものを食べたいんだよ。特に今日の魚フライ定食なんて、なんの魚のフライなのか気になるだろ!?そういう楽しみがあるんだよ!」
「……でもお前、それどう見てもアジのフライだよな」
秋人が俺のトレーに乗った、皿に乗ったものを見てそう言った。
メニューが書かれた紙には写真が添付されていないため、どんなものなのかが分からないのが難点となる。
最初は白身魚かなとか、色々考えて流石にアジじゃねぇだろと思っていた。
皿に乗せられているのは、アジフライが二つ、どちらもまぁまぁ大きい。
「わざわざアジフライ定食じゃなくて魚のフライ定食って書いたのは、お前のようなやつを釣るためだったのかもな」
そう言って先にカツカレーを食べ始めた秋人。
それに次いで、俺も魚のフライ定食改めアジフライ定食に手をつけていく。
高校の食堂だというのにハイクオリティかつボリューミーなのはとても素晴らしいことだ。
俺はこのあと、食堂帰りに生徒会の質問ボックスに食堂メニューの写真を貼ってはどうかとお願いしておいた。
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