第23話 約束の取り決め

 安藤は三種目のエントリーを絶対条件として、さらにクラス選抜リレーではアンカー対決をご所望している。


「あんたがやりたいって言ったところでクラスの皆んながやらせてくれるとは思えないんだけど……」


 大塚の言う通り、クラスは勝つために最適な人選をするのが普通だ。


 いくら俺が「はいはいッ!俺やりたいやりたい!!」なんて立候補したって弾き飛ばされるのが当たり前だ。


「少なくとも体育の授業で行われる測定で良好なタイムを出さないとってことだ」


 体育祭のメンバー人選を兼ねた測定が体育の授業中に実施される。


 そこで認められるくらいの走りをしなければいけない。


 というか、クラスでトップのタイムを出さなければリレーのアンカーは難しいのではないか?


 ますますどうにかしなければいけなくなってきたな。


「あれ、100メートル走と1500メートル走でどうやって対決するつもりなんだろ」


「あいつ確か体育祭の実行委員になってたから、委員の権力でも使って走順を合わせる気なんじゃない?」


「なるほど……………てことはさ、俺も実行委員の権力を使ってもいいってことだよな」


「でもあんた体育祭実行委員じゃないでしょ?」


「別に俺が実行委員じゃなきゃいけないことはない」


 安藤からの勝負を引き受けたのはそれなりに自信があったからに他ならない。


 だけども、やはり体育祭という大行事で全校生徒の前で目立つようなことはしたくない。


 早速体育祭実行委員に交渉してみることにしよう。





「えっ、やだよ面倒臭い……なんでそんな事に私が協力しなきゃならないのさ」


 ラフな格好でソファに寛ぎながらアイスをペロペロと舐めていた美玖。


 開口一番にあからさまな表情を見せながら断られた。


「てかなんで楽が安藤孝介と勝負なんかをすることになったの?仲良くないでしょ」


「いやそうだけど………やむを得ない事情がありまして、その……適当に済ませるには体育祭実行委員の力を借りるしかないと思って……」


 ここで美玖の協力を貰えなければ、俺は馬鹿正直に安藤と対決をしなければいけなくなる。


 そんなのは普通に嫌だ。


「楽ならあんな奴に負けることなんてないし、そもそも目立ちたくないくせに引き受ける理由って何?」


「いやだから………それはちょっと言えないというか………」


「私に協力しろって言っておいて理由言えないって意味わからないんだけど。おかしいと思わない?」


「……思います」


「じゃあ言って、理由」


 美玖にしては珍しく追求してくる。


 いつもはどんな物事に対しても深く考えずにいたから、今回も割と簡単に協力してくれると思って舐めていた。


 依然としてアイスをペロペロと舐めながら、目だけは真剣に見つめてきている。


「…………」


 もちろん俺は理由を口にはできない。


 単純に恥ずかしいからだ。


 お互いに沈黙の空気が流れるなか、俄然として美玖がニヤリとした表情を浮かべた。


「じゃあ遊園地!」


「え………?」


「連れてって!」


「でもお前……秋人に試験で負けてたんじゃん」


「違う。それで協力してあげるって意味で言ったの。受けるの受けないの、どっち?」


 初めからこれが目当てでいたかのような表情を見せる美玖。


 俺が理由をすんなり言ったところで、遊園地に行くことを条件に出すつもりだったのだろう。


「分かった連れてくよ」


「やったっ!予想外の展開だったけどなんか上手くいったー」


「お前なぁ……」


「ふへへっ、これで遊園地に行けるね」


 気味の悪い笑い声を出して嬉しそうな笑みを浮かべる美玖を見て、ふと昔の思い出が蘇ってくる。


 昔からたまに変な笑い声を出す癖は変わらず、本当に嬉しいときに出てしまうと本人も言っていた。


「小さい頃に初めて海に行くってなった時も、そんな変な声出してたよなお前」


「そうだっけ?だって嬉しいんだもん。どうしようもなく頬が緩んじゃって、制御が効かなくなっちゃうの」


 アイスを舐めながらも時々「ふへへ」が連発してたのは流石に気持ち悪かった。


「あっ、ていうか楽!昼休みに教室に一緒に来たあの女は何!?」


 突然思い出したように夕紀との場面を指摘してきた。


「ただの友達だよ……。あっ、そうだその事でも頼みたいことがあるんだけど……って、どうした?」


「らっ………楽に、ともだち………?それも女子の………異性のともだち…………」


 信じられないと言わんばかりの驚愕の表情で俺を見てくる。


 美玖の言いたいことは分からないでもない。


 これまで一度も親しい友達と呼べる存在はいなかったからだ。


 秋人とは高校で初めて出会ったし、美玖はそもそも友達というより幼馴染と言った方がしっくり来る。


 ポカンと口を広げて瞼は大きく見開いた状態で硬直している美玖。


「ぁ………楽に友だち…………私には、一人もいないのに……ぇぁ………?」


 放心状態のようだから今はそっとしておくことにする。


 頼み事はまた後で言っておこう。


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