第22話 イケメンの本性を知る

 上履きから外靴へと履き替えて、昇降口の玄関扉付近で俺は待っていた。


 まだ辺りには帰宅する生徒が多く見受けられ、部活のユニフォームを着た生徒なんかも多くいる。


 六限の授業が終わるなり、大塚からメッセージが送られてきた。


 同じクラスなんだから直接言えばいいものを、廊下で宣言した通りメッセージを送り、その待ち場所がここというわけだ。


 目の前を通り過ぎていく生徒や、思い思いに雑談しながら帰宅していく生徒たちを観察しながら時間が過ぎていく。


「ごめん、待った?」


 ようやく姿を見せた大塚は、心なしか少し息があがっているように見える。


 走ってここまできたのだろうか。


「めっちゃ待った」


「だよね……ごめんごめん。早く帰ろ」


 急いで外靴に履き替えて腰を上げた大塚だったが、直後に背後からかけられた声によって動きを止めた。


「なぁおい、待てよありさ……───って、それ誰?」


 まるで大塚を追ってきたように姿を現したのは、安藤孝介だった。


 大塚の元カレだ。


 俺の姿を視認した瞬間に鋭い目つきで睨んできた。


「私の友だち。あんたには関係ないでしょ、もうついてこないで」


「友だちだぁ……?いかにも陰キャみてぇな見た目してる芋男だぜ。お前にくっ付いてる金魚の糞の間違いじゃねぇのか?」


 俺に対して散々な言い様だが、言い返すことなどできるはずもなく黙って安藤を見つめている。


 実際自分でもそれなりに自覚はあるから、大したショックではないが、それでも面と向かって言われると案外抉られる。


「榎本楽、この名前を聞いてもまだそれが言えるの?」


 横から大塚が冷静に言い放った。


「榎本………あぁそうか、お前が三位か。じゃあなるほど、ありさの学力が上がったのはそこの陰キャのおかげだってのか」


「陰キャじゃない、榎本だよ。でも、あんたが陰キャってバカにしてる相手が自分よりも頭が良いのって……なんだか惨めだと思わない?」


 やめて大塚……!


 俺を使って煽るのはやめてくれ……!!


 それで恨まれるのは絶対俺なんだよ。


「はっ………、お友だちがちょっと頭良いからって調子乗ってる方が惨めに見えると思うんだが、まぁいいわ。お前らちょうど同じクラスだよなぁ?つまり体育祭は俺と敵同士ってことだ。俺はそこでお前と勝負する、榎本」


 うわぁ………、ほらこんな展開が起きてしまった。


「何言ってるわけ?そんな事して何に──…」


「100メートルと1500メートル、あとクラス選抜リレーのこの三つに必ず出場しろ。リレーはアンカーが絶対条件だ。これら一つでも満たせない場合は初めからお前の負けだ。この勝負の賭けは……───」


 そう言って突然俺の方へ近づいてきた安藤。


 耳打ちする形でその内容を聞かされて、思わず少しの間身体が固まってしまった。


 しかし俺にこれを断る理由は一つもない。


 大塚はもうすでに俺の中で深く関わった人物の一人として加わってしまっているのだから、例えこの内容を聞いて彼女から何様のつもりだと罵られようと構わない。


「分かった、その勝負を受ける」


「はっ、当然だ。やらないなんて言われたらどうしようかと思ったぜ」


「ねぇちょっと、何の話をしてたの?あんたの事だからどうせ碌でもない賭け事をしたんでしょ」


「お前には関係ねぇよありさ。こいつは自分でやるって言ったんだ。男に二言はねぇだろ、なぁ榎本くんよ」


 ニヤケ面で俺に確認を求めてきた安藤。


 顔が半端じゃないほどムカつく。


「当たり前だ。けどさ安藤、サッカー部エースが帰宅部の陰キャなんかに勝負で負けたら一生の笑い者になっちゃうぜ?」


「………はぁ?てめぇ調子乗ってんじゃねぇぞ」


 あ、やばい殺される───


「安藤ー!!!早く来いよ、練習始まるぞっ!!!!」


 遠くの方から大きな叫び声が響いてきた。


 聞き覚えのある声だ。


 目の前の男からは拳が突き出ており、俺の顔面にあたる前に直前で静止した。


「はっ、命拾いしたな?まっ、せいぜい走る練習でもしてろよ陰キャ」


 そう言い放ってグラウンドへ走り去っていった。


 何と言えばいいか、あれが安藤の本性だったのだろう。


 爽やかイケメンサッカー部エースの裏の顔があんな人間だったなんて、驚愕もいいところだ。


 大塚に続き安藤といい、イメージと異なる部分が多すぎた。


「……分かったでしょ、あれがあいつの本当の性格なの」


「そりゃあんなのと別れれば気が楽になって大雨の中突っ立ってる気持ちも分かるわ」


 大塚の大嫌いそうな人間そのままだ。


「でもなんでまたあんな男と付き合ったんだ……」


「そ、そりゃ最初はあんなクズの本性を表に出してなかったから……分からなかったの。最初から知ってたら付き合うわけないでしょ」


「それもそうだな……」


 安藤に対して俺が思い描いていたイメージを他の奴らもきっと持っているのだろう。


 それはつまり完璧に表と裏の顔を使い分けているということ。


「あー……まぁいいや。帰ろうぜ、大塚」


「あっ、ちょっと待ってよ。どうする気なの?」


 どうするとは、安藤との勝負のことだろう。


 正直なところ、面倒ごとに首を突っ込んでしまって後悔しかない。


「何とか頑張るしかないだろうな……」

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