第19話 偽のライバル
「やっ、榎本くん。全く同じ状況でまた会ったね」
「……お前が自分から来ただけだろ」
「遠くからキミの姿を見つけて追いかけてきたんだよ」
何食わぬ顔で隣の席に腰を下ろした藍川夕紀。
俺が試験上位成績に入ることを予見していたかのような物言いで接触してきた謎の女だ。
「その顔は知りたそうだね。なぜ私が、キミが三位になることを知っていたのかを」
「……そこまで具体的な順位は言い当ててないだろ」
「キミは知らないだろうけど、私はずっと前からキミをライバルだと思って頑張ってきたんだよ。単なる私の直感によるものだったけど、やはり私は間違ってはいなかったようだ」
「はぁ……」
何を言っているのかいまいち理解に苦しむところだが、もしかしたら以前どこかで会っているのだろうか。
俺が忘れているだけで、藍川はずっと覚えていた……というパターンなのだとしたら、それは少し失礼なことをしたかもしれない。
「ごめん、もしかして前にどこかで会っt ───」
「いや違う。私はキミを目で追っていたが、キミは私のことなど眼中になかったと思う。キミと初めて会話したのは公開掲示前の食堂での時だ」
自らによる一方的な認識だと本人が言った。
「言うなれば、私はキミのファンのようなものだ。憧れて、いつか必ず近づきたいと思っていた」
表情をまるで変えることなく真顔でそう言い放った。
顔を向けられ、今まで言われたことのない言葉を言われて恥ずかしくなってきた。
「今回の試験では運良く私の方が数点リードしたが、次の試験でも当然私は一切油断することなく全力で立ち向かうつもりだ。榎本楽、私はキミを誰よりもライバルと認めている。だから、いつかキミが私をライバルと認めてもらえるために、私は全力をもってキミを下しにいく」
自らの黒縁メガネをクイっと指で持ち上げてから、人差し指を俺の顔に向かって突き出してきた。
「うぉっ!?」
正確には”突き刺してきた“という方が正しかった。
危うく眉間に突き刺さるところだったのを寸前で避けた。
「私のライバルにして良き友よっ!私とキミでこの学校の頂点に立とう」
「お、おぉ………」
無駄に格好良く言い切ると、突き出していた人差し指をテーブルの下にしまい、トレーの上に乗った料理に手を出し始めた。
「んんっ、美味しいなこれ」
不気味なほど心の切り替えが速いということだけは分かった。
あとは、文学系女子の見た目をした少しだけ頭のおかしい女という位置付けに終わった。
「ん、そういえばキミは体育祭で出場する種目はもう決めたのかな?」
もぐもぐと口の中にまだ入っている状態でそんなことを聞いてきた藍川。
「いやまだ決まってないな。これと言ってやりたい種目はないし。藍川はもう決めたのか?」
「そんな素っ気ない呼び方はやめてくれ。私たちは良き友じゃないか、私のことは夕紀と呼んでくれ」
今の一瞬で──彼女からしたら以前から──俺たちはもう良き友という親密な関係にいるらしい。
距離の詰め方が異常なまでにハイスピードだ。
………いや、俺なんか会話したこともない女子をいきなり家に泊めさせてるんだよな。
他人に思うより前に自分で気づけないという致命的なミスが発覚した。
「……夕紀はもう出場する種目決まってるのか?」
呼び方を改めて再び同じ質問を投げた。
「ふふんっ、私は障害物競走に出るつもりだ。ただ走って競うだけではつまらない。あらゆる障害を乗り越えてゴールすることこそに競う面白みがある」
障害物競走にやたら強い思いがあるのか、面白みについて語り始めた。
「障害物競走と、あと何?」
「……?なんだ、あとって」
「種目は一人二つ以上出るのが基本だぞ。上限は特に決められているわけじゃないけど、だいたい二種目から四種目だな」
「えっ………なにそれ。初めて聞いたよぉ………」
「各クラスで説明があっただろ?聞いてなかったのかよ」
「えぇっ……だって、好きな種目に出れるって先生がぁ……」
泣きそうな顔で俺を見てくるその姿は少々可哀想ではあるが、話をしっかりと聞いていなかったのが悪い。
「でも別にまだ選考が始まってるわけでもないんだから、ゆっくり考えればいいじゃねぇか」
「無理だよぉ……。障害物競走以外なんて、どれもできるわけないもん……!」
「50メートル走とかハードル走とか、すぐ終わるし簡単だぞ」
「そんなの絶対できない………」
「走る以外にも、球投げとかもあるけど……」
「ボール投げるの無理………」
では一体何ができるというのだろうか。
「あっ、借り物競走はどうだ?どっちかというと足の速さは関係ないから、結構──」
「めっちゃ目立つよぉぉー!!!それこそみんなの笑い者になってイジメられるに決まってる……。そこで私の高校生活は終わるよ………」
思わぬ地雷を踏んでしまったのか、一段とネガティブさが増してしまった。
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