第20話 勇気を出せるか夕紀

 突然キャラが変わったように弱気な口調とネガティブ性が露呈し出した夕紀。


 毎回文の語尾が伸びる口調は少し可愛くも感じてしまった。


「うぅ……、どうすればいいかな」


 両サイドで縛られた髪の毛を両手で掴み、顔の近くに寄せている。


 まるで絶叫マシンの安全バーのように強く握りしめて身を固めている。


「どうって言われてもな……どれかを選ばないといけないんだから、どうすることもできないだろ?」


「……体育祭の日に台風直撃しないかな」


「延期するだけで無くなりはしないだろ」


 夕紀の思いが分からないわけではない。


 運動が苦手な生徒にとって体育祭は最低最悪の行事ともいえる。


 しかし生徒一人一人が参加不参加を選べるシステムで行なってしまうと、学校行事として成立しなくなってしまう。


 全校生徒が参加することに意味があるのだと、集会で校長が言っていた。


 どんな意味があるんだよと思っていた人が大半だっただろう。


 俺もどちらかと言えばやらなくていいんじゃないかと考える方だ。


 体育祭では個人種目に加えて、クラスで協力して行う団体種目もいくつか存在している。


 団体種目が強制参加というのはまだ分かる。


 なら個人種目を一人二つ以上というのは必要なのだろうか。


「まぁまだ選考は先だし。その前に体育の授業で簡単に候補を決めるんじゃないか?」


 足の遅い生徒を100メートル走に起用するようなことはないし、タイムが良くなければ必然的に候補から外される。


 とはいえ、個人の意見が全て採用されることはないだろう。


 ある程度希望する種目を集計して、そこから体育祭実行委員の方で選別していくという形だろう。


「うぅ……体育祭がない高校に入学すればよかった」


「今更そんなこと言ったって仕方がない。諦めろよ」


「ひどいひどい……っ!なんでそんな冷たく言うんだ………友達はもっと優しく慰めてあげるんだぞ」


「何でだよ……。他の友達にでも慰めてもらえよ」


「友達………っ、そうだ!キミ、あの加藤さんと親しいよね!?」


 ものすごい形相で詰め寄ってきた夕紀。


「………別に親しくないって。ちょっと話す程度で」


「絶対ウソだ、一緒に登校しているところを見たから」


 夕紀の俺を見る目は確信的だ。もしかしたら何度か見られていたのかもしれない。


「加藤さんって確か体育祭の実行委員だよね、ねっ。キミの方から加藤さんに言ってもらえないかな!?私は何一つ運動ができなくて走ることも球を投げることもできないろくでなしだから競技に参加してもきっと何も面白くないだから───」


「ちょちょっ、ちょっと待った……!一旦待て……」


 息継ぎすらせずにベラベラと喋り出そうとしたところに待ったをかけ、夕紀の恐ろしい表情の顔を一旦少し遠ざけようとする。


「くっ……!?こいつ、力強っ……」


 肩を押して無理矢理に距離を置こうとするも、夕紀の身体はびくともしない。


「分かってもらえたってことだよねっ、そうだよね!?ちゃんと余すことなく加藤さんに伝えてねっ!?」


「………よし、分かった夕紀」


「ありがとうっ!!やっぱ持つべきは友だよぉ!!」


 食事を終えて、教室へ戻ろうとする夕紀の腕を掴んでとある場所へ連れていく。


 先ほどスマホで連絡をとって居場所は確認済みだ。


 試験が終わってから昼休憩の時間は毎回集まりがあると、以前にも聞いていた。


「ちょっ、ちょっと。いったいどこに行くのさ」


「俺からは言わないから、お前が自分であいつに直接言え」


 目的地に到着して、目の前の扉をスライドさせた。


「あらっ、意外と早かったのですね」


 俺たちの姿を確認した美玖が、上品な物言いでそう言った。


 美玖の他にも数名の体育祭実行委員と思われる生徒がいる。


 どれも初めて見る顔だが、もしかして一年ではないのかもしれない。


 事情は知っているのか、俺たちに視線を一度向けてからまた作業に戻っていった。


「あー……えっと、こいつが加藤さんに言いたいことがあるらしいんだよ」


 そう言って横に立つ夕紀の背中を半ば無理矢理押した。


「藍川夕紀さん、ですよね。私に何か用でしょうか……?」


「あぅ、えっと………その、ですね…………あのぅ…………………」


 待てども待てども夕紀の口から本題が出ることはなく、ただただ美玖の前に立ち尽くしている。


 まるで猛獣の前に放された小動物のよう。


「どうか、したんですか?藍川さん?」


 美玖が一歩前に詰めて、再び夕紀に問いただした。


 彼女の顔は俯いたままで、互いに互いの顔が見えない状態だ。


「あぅ…………」


 美玖の顔は傍から見れば上品な笑顔を浮かべた女神のようなのだろうが、俺からして見れば夕紀にわざと圧をかけてこの状況を楽しんでいるようにしか見えない。


 さすがに夕紀が可哀想に見えてきたため、ここは一旦下がることに決める。


「申し訳ないんだけど、また今度来てもいいか?話すことがまとまっていないままでは加藤さんにも迷惑がかかると思うから」


「私は全然構いませんよ。またいつでもいらしてください」


「あぁ、ありがとう……」


 半ば放心状態の夕紀を連れて教室を出る。


 その直前、扉が閉まりきる隙間からは美玖の真顔が見えた。

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