第二章

第18話 束の間で雑草生い茂る

 頻繁にクラスメイトからの視線を感じるも、話しかけてくる生徒は誰一人としていなかった。


 そもそも大半のクラスメイトから認知されていなかった俺が試験結果の公開掲示を機に人気者になるわけでもない。


 誰だアイツ、あんなヤツうちのクラスにいたのか、なんて声が聞こえてくるが、その話題は昼には薄れていた。


 所詮は三位、まだ上がいるからだ。


 藍川夕紀──彼女も俺と似たような人種だったようで、誰かも分からない生徒二人が三位と二位を取ったことが余程の驚愕事実といえた。


 しかし、やはりまだ俺や彼女よりも知られていない人物が一人いる。


 今回の期末試験でトップの成績を取り一位となった生徒、Sienna・Andersonという人だ。


 この学校に外国人がいたことすら誰一人として知らず、どの教室にもその姿はないのだとか(探し回ったやつがいたらしい)。


 この学校の初の試みにして盛大な番狂せが起こった今朝から時間が経ち、昼休憩の時間になったのと同時に席を立って教室を後にした。


 まだ数人のクラスメイトからの視線を感じている。


 そのうちの一人は見知った人物だが。


 食堂に向かう途中で秋人からメッセージが送られてきた。


 内容は、食堂に一緒に行っていいかという誘いのメッセージ。


 秋人の昼練がない日はいつも一緒に行っているのに、わざわざこのメッセージを送ってきた意味を俺は理解して同様にメッセージを送り返した。


 授業合間の休み時間に廊下で度々聞こえてくる他クラスからの、女子の大きな声。


 最上くん、すごい、頭良いね、というワードが頻繁に聞こえてきていた。


 あの安藤とも引けを取らないイケメンフェイスに、サッカー部でも安藤と同様一年時からレギュラーに選ばれ、さらには試験も学年七位という好成績。


 親友がほとんど安藤と同じ要素を持っていることに今更に驚いているが、何よりサッカーも勉強も一手安藤が上というのが許せない。


 性格に関しては断然秋人が上の上をいっている。


 俺の親友は全てにイケメンの要素が入っているんだと、安藤の目の前で言ってやりたい。


「──シエナ・アンダーソンってめっちゃ可愛いらしいぜ。俺さっき先生に聞いたんだけど、なんか事情があって登校はできないんだって」


「マジかっ。いやでも俺は藍川さんの方がタイプだわ。メガネかけて前髪であまり顔は見えてないんだけど、時々見える横顔がすげー綺麗なんだよ」


 廊下ですれ違う男子生徒はこの二人の話題だけをずっと話している。


 だから俺のことはみんな早々に忘れてくれ。


「榎本っ」


 後ろから声をかけられ振り返れば大塚の姿があった。


 意外にも大塚に校内で話しかけられたのはジャージを返された時以来だ。


「……なんだよ、ただでさえ目立ちたくないのに」


「そうだろうと思って呼んだの」


「……?」


 大塚は手に持っているものを顔の高さまで持ち上げて、見せびらかすようにしてそれを前に突き出した。


「お弁当、作ってきたから。どこかで食べよ」





 一階、体育館へ繋がる通路から逸れて中庭に入ったその先にベンチがあった。


 頭上に設置されている天板のおかげで照りつける日差しが遮られ日陰になっている。


「みんな中庭には来るんだけど、ここまでは来ないんだよね。雑草が多くて歩きたくないみたい」


 それでもベンチまで来れば雑草は少なくなっている。


 周辺には雑草が生い茂っている。


 まさに緑に囲まれたベンチだ。


 ベンチに二人で腰掛けて、隣に座る大塚が弁当箱二つを取り出した。


「ちゃんと俺の分まである……」


「当たり前でしょ。一人前しかないのにあんたを誘ったりするわけないし」


 はい、と言って手に渡された弁当箱はそれなりにずっしりとした重みがあった。


「なんでわざわざ……?」


「あんたが物凄い点を取って上位に入ってー、結果が公開されて注目を浴びて、あんたは居心地が悪くなる。ってところまでを予想したから作ってきたってわけ」


「………え、すご」


「でもまさか三位だなんて。流石にそこまで上なのは予想してなかったかな」


 予想が一つ外れたと言っているが、これを推測して俺の分の弁当を用意するとは随分思い切った行動に出たものだ。


「俺の試験順位が全然高くなくて普通に食堂で食べようとしてたらどうしてたんだ……」


「んーー、その時は私はどこか一人でお弁当を食べて、もう一つは家に帰って夕食にするかな。でもあまりそんなことは考えてなかった」


 俺が成績上位に入ることを信じて疑わない言い様の大塚。


「なんか珍しいよね、食堂がある学校でお弁当を食べるのって。それもこんな穴場みたいなところで二人きりだし」


「騒がしい声が聞こえてこないから静かでいいけどな」


「じゃあたまにこうしてお弁当を食べよっか」


「ありだな。ところでこの弁当──」


「勉強教えてくれたお礼の一つだと思って」


「……分かった」


 蓋を開けると、彩り豊かな具材が目に入った。


「「いただきます」」

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