第29話 イルカショー開演!
俺たちには一切目もくれずに水槽の向こうにいるウーちゃんに必死に手を振っている大塚の連れの女子。
同じ高校で他クラスと言っていたが…………、黒髪の中に派手なピンク色がチラチラと見えている。
こんな如何にも目立つ色の頭をした生徒は見たことがない。
「ねぇ榎本、よかったら一緒に回らない?同じ場所にいるって知ったのに分かれるのはなんかもどかしくってさ」
大塚の言いたいことはとてもよくわかる。
偶然ここにいることが分かって、それを知りながら別々で回ったとしてまた再会したらそれはそれで気まづい空気が生まれる。
「俺はいいけど、二人がどうかな……」
「全然気にしないし、むしろ歓迎するよ」
「お前はそうだろうと思ったよ」
秋人のあの顔は、今のこの状況を楽しんでいるような表情をしている。
問題はもう一人、大塚にばったり会ったっきり一言も発さずに沈黙を貫いている美玖だ。
「美玖……おい美玖、大塚が一緒に回りたいって言うんだけどそれでもいいか?」
「……………へぁ?ぁ……ぃぃ…ょぉ………」
心ここに在らずというか、遠くどこかを眺めているように目の焦点がここにはない。
両目と口からほわぁと魂でも抜けたみたいにポカンと開けてしまっている。
「おい楽」
秋人が顔を近づけて耳元に当ててきた。
「加藤さんは俺がなんとかしとくからさ、大塚さんと喋ってたらいいじゃん。仲良いんだろ、大塚さんと」
「ま、まぁ………お前がそう言うなら、じゃあ頼むわ」
美玖の了承を得ないまま大塚たちと同行することが決まり、ゴマアザラシのブースから移動して次へ向かう。
「まさか榎本と加藤さんが仲良いなんてねー、分からないものだね、意外と」
完璧な加藤美玖しか見ていなければそう思われるのも当然だ。
少し悔しいが意外な関係と言われるのも納得してしまう。
「でもあの加藤さん、学校とイメージが違うみたいだけど」
「……そのことはあまり学校では言わないでほしい。一応あいつの努力だからさ」
「それはいいけど……、随分と雰囲気が違うんだね」
きっと大塚以外にも他生徒が美玖の素を見たらそんな感想を抱くだろう。
美玖に憧れの目を向けている生徒なんかはもしかしたら幻滅してしまうかもしれない。
「ちょっと絶望してるような顔……?」
「今は少しそっとしておいてやってくれ。たぶん俺がお前と友だちだってことに衝撃を受けてる最中だと思う」
「もしかして私迷惑かけちゃった?私みたいなのが友だちにいてショックとか……」
「いやいやそうじゃない。ただ少し、その……恨み的なものだよ。あいつ、友だちが今まで一人もできたことないかさ。最近できそうだけど……」
夕紀はまだ少し友だちになるには時間がかかりそうだ。
「恨み………なんか私が思い描いてるよりも深い事情があるっぽいね」
「単なる長年の恨みだな。幼馴染であるが故に今まで一緒にいたせいで他に友だちができなかったんだよ」
他にも、隣に引っ越してきてからお嬢様キャラで仮面をかぶってしまったのも理由だ。
憧れる存在には、自分から友だちになってと言うことも、またそう言われることもない。
孤高のお嬢様ができあがってしまった。
「だからまぁ、これを機に美玖と仲良くなってやってくれよ」
「そう言うことなら、分かったわ」
大塚と横並びで会話をしながら歩き、その横ではピンクっ子が子どものようにはしゃぎながら未だ俺たちの存在に気がついていなさそうで、後ろでは魂の抜けた殻状態の美玖と、一人楽しそうに水族館を満喫している様子の秋人が見える。
現在の時刻は午前11時37分
このあと11時45分からイルカショーが開演されるとのアナウンサーが流れた。
予約不要、場所取りは先着順とあったため、急いで行われる場所へ向かった。
屋外へ出て、イルカが泳ぐであろう巨大水槽の前に湾曲状に並べられた観客席が見えた。
所々席は埋まってしまっているが、偶然にも後方に五人が並んで座れる席が空いているのを見つけた。
奥から美玖、俺、大塚、ピンクっ子、秋人の順に着席した。
「わあぁーーーっ!!チョーたのしみっ!!!」
一人別次元で楽しそうに待機しているピンクっ子とは異なり、俺も秋人も大塚も──美玖も然り──、静かに始まるのを待っていた。
心ここに在らずの美玖を一人にしておくのは少し可哀想にも感じた。
「美玖、そろそろ目を覚ませー。お前が見たがってたイルカショーだぞ」
ペンギンとイルカを見ることを何よりも楽しみにしていた。
どうせ来たのだから、美玖にはしっかりと満足してもらいたい。
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