第28話 水族館で修羅場の予感

 日曜日ということもあってか、建物の中は大勢の客でごった返していた。


「わあぁぁっ!かっわいい〜〜っ!!」


 むっくりとした身体に対して小さい足でペタペタと歩く姿からは愛おしさを感じる。


 美玖も彼らに夢中でガラスにベッタリと手をつけている。


「あれは……アデリーペンギンか?」


「そうだな。あの白と黒の二色だけで模様が一切ないのが彼らの特徴と言われているらしい」


 職員の合図とともに可愛らしい足つきで歩いたかと思ったら、軽快な動きで水中にダイブしていった。


 他にもあちこちに様々な種類のペンギンたちがいる。


 ペンギンのブースに来るまでに、ジンベエザメや魚の大群などが泳いでいる巨大水槽や珍しい魚が展示されている水槽を通ってきたが、やはりここが圧倒的に客の立ち止まる数が多い。


 ガラスの向こうにいるペンギンが何かするたびに歓声が湧いている。


「ほら美玖、いつまでペンギンを眺めてるつもりだよ。そろそろ次行こうぜ」


「もぉー少しだけーー」


 かれこれ二十分近くずっとここから離れようとしない。


「まだたくさん回るところがあるんだから、ここにずっといたら全部を回れないぞ?」


「だってぇーー、あの子たちが可愛すぎるんだもんっ」


 美玖の目はすでにペンギンたちによってメロメロになってしまっている。


 ここら辺では美玖だけに限らず女性や子どもの客がみんなしてペンギンたちに釘付けになっている。


 楽しんでいるのはいいのだが、どうせなら色々と見て楽しみたい。


「おい、次行くぞ……!」


 この場にとどまろうとする美玖を半ば強引に引っ張って次のブースへと移動する。


 ペンギンブースから一変して、再び巨大水槽が目の前に広がっている。


「……何もいないな」


「ここにはゴマアザラシのウーちゃんって書いてあるぜ」


 秋人が見つけたパネルを見ると、確かにそう書いてある。


 ゴマアザラシの女の子 ウーちゃん

 小柄で可愛らしい見た目とくりっとした大きな目が特徴的です

 何よりも、他の子たちとは違う独特の模様をしています

 顎下にはハート型に黒い模様が見えちゃうかも!


 他にも、いくつかのゴマアザラシの紹介パネルが立てられている。


 全部で5頭、そのうちウーちゃんとマオくんが兄妹なんだとか。


 いまだ5頭全ての姿が見えていないが、水槽の前には多くの客が待機している。


 この後姿を見せるのだろうか、俺たちも混ざって様子を伺うことにした。


 何も姿が見えないことで美玖も何が何だか分かっていない。


 他の客と一緒に水槽の先を見つめていると、突然気泡が現れて次の瞬間にゴマアザラシの姿が現れた。


 途端に大歓声が巻き起こり、その後も次々にゴマアザラシの姿が見えて、5頭全てが目の前に現れた。


 その中の一頭、一際身体の小さいゴマアザラシを目で追っていると、下から上へ上昇する際に顎下にあるハート型の模様が見えた。


「美玖、あれウーちゃんじゃないか──」


「「かわいいぃぃ〜〜っ!!!」」


 ウーちゃんらしきゴマアザラシを見つけて美玖に知らせようと横を向いた瞬間、美玖ともう一人の叫び声が響いた。


 完全にハモったことで美玖も思わず横へ顔を向けた。


「えっえっ、何あれ可愛すぎるんだけど〜っ!ねぇ見てありさっ!!あれほらハートマークだよ!?ウーちゃんさいこーーだよっ!」


 ひたすらウーちゃんを見て興奮が止まない隣の女性に圧倒されたのか、美玖の興奮が冷めているのが分かる。


「華那さぁ……可愛いのはいいんだけどもう少し落ち着きなよ。周りのお客さんに迷惑かかるから」


「あんな可愛い生物を前にして落ち着けるわけないっしょ!ウーちゃんが可愛すぎるって!!」


「はぁ……、まぁいいけどさ。私ちょっとトイレに行ってくるから。華那しばらくここにいるでしょ」


「はぁぁ……っ!あっ、マオくんも可愛いっ」


 話など一切聞いていないのをよそに、視線を彼女から外して身体の向きを変えた瞬間、俺とばったり目が合った。


「あ」


「あっ」


「えっ」


 互いに声を漏らし、次いで美玖が驚きの声を漏らした。


 俺の姿に気がついた大塚は一瞬身体を固まらせて、美玖と秋人へ目を向けた。


「………こんな偶然も起きるもんなんだ」


「まさしく、今こうしてばったり会っているんだから起きるんだろうな……」


 休日に離れた場所でクラスメイトにである確率は果たしてどれほどなのだろうか。


 賑やかだったムードが一瞬で凍りついたような寒々しい空気へと一変してしまった。


「やっ、大塚さん」


 そんな空気の中、秋人だけは何気なく大塚に挨拶をしている。


「楽、この人と知り合いなの……?」


 美玖が静かにそう問うてきた。


「まあ……色々あったというか、最近知り合った仲だな。……なぁ大塚?」


「う、うん……そんな感じ。どっちかというと私の方が榎本に世話になっちゃってるけど」


「そこの興奮してる……じゃない、はしゃいでる人は……」


「あぁ、華那は私の友だち。前にあんたに言った、唯一の親友だよ」


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