第12話 試験まで残りわずか

 週明けの月曜日、その放課後に俺は校内の図書館に足を運んだ。


 これまで利用したことはなく、今回で初めて訪れた。


 放課後ということもあってか、あまり生徒の数は少ない。


 二、三人がポツンポツンと本棚の前に立って気になる本を立ち読みしている。


 その様子を眺めながら図書館の奥へ進むと、机と椅子が設置された自習スペースが見えてきた。


 その最奥に、今日俺を呼び出した人物──大塚が座っているのが見えた。


 すでに何冊か広げて勉強を始めていた。


 集中していたようで俺がすぐ側に来るまで気づいていなかった。


「遅かったね」


「悪い。ちょっと用事があったんだ」


 クラスメイトから変な勧誘を受けていたせいで、ここに来るのが遅れてしまった。


 大塚に不機嫌そうな表情はなく、納得して視線を手元に戻すと勉強を再開した。


 俺は彼女の対面側にカバンを下ろし椅子を引こうとしたら、それを止められた。


「隣来てよ。対面じゃ、私に教えづらいでしょ」


「いや、そんなことは……」


「いいから来て」


 力強い眼力に対抗できずに、彼女の隣の席に座り直した。


「いきなりで悪いんだけどさ、ここ分からなくって」


 早速ノートを俺の方へずらして分からないという箇所を指でさした。


 一つ前の英語の授業でやった文法だ。


 彼女から承諾を得て、ノートに軽く書き込みながら教えていく。


 以前、放課後の教室の時とは異なり真隣の至近距離に大塚がいる。


 若干の緊張感を抱きつつも、理解してもらえるように丁寧に解説していく。


 その間、隣からは一言も聞こえず無言の状態で俺がひたすら説明していたため、理解できているか確認するために間を置いて隣に顔を向けた。


 するとそこには真剣に俺の手元を凝視する大塚の横顔が間近にあった。


 すかさず説明を続けて、話し終えた時には大塚の顔は満足げな表情が浮かんでいた。


「ん、どうかした……?」


「………いや、大塚って笑うことあるんだなって思ってさ」


 普段、教室で彼女が笑う姿は見たことがない。


 もちろん俺が目撃したことがないだけで、笑う場面はあるのかもしれないが。


「……確かに、あまり笑うことは少ないかもね。私感情を表に出すの苦手だし」


「えっ、じゃあ本当に普段から笑うことないのか?」


「ない………っていうか、あんただって普段から笑うイメージ皆無なんだけど。人のこと言えないでしょ」


「俺は……………そりゃ笑う時は笑うよ」


 別に感情が欠落しているわけでもないから笑えないというわけではない。


「ぷっ………あははははっ。なにそれ、面白い………っ、あはははっ」


 俺の言ったことがよっぽどツボにハマったのか、お腹を抱えて笑い出した。


「はっ……確かに変なこと言ったな」


 図書館にいるため、二人して声を抑えて笑った。


 放課後終盤の時刻が迫ってきた頃、もうすでに図書館に俺たち以外の生徒は見当たらず、受付に一人いるだけだった。


「ねぇ榎本、あんた体育祭なんの種目やるとかもう決まってるの?」


「何も決めてねぇよ。全員参加の種目以外は適当に楽できるやつを選ぶつもりだ」


 全員参加以外で各自二種目ほど選ばなければいけない規定がある。


 運が良ければ一種目だけで済むかもしれない。


「ちょっと面倒くさいよね、体育祭ってさ。熱意あって盛り上げようとしている人がいるから私も頑張るけどさ、あの熱さにはついていけないのよね」


「うちのクラスの佐古田はめっちゃやる気あったよな。試験勉強大丈夫なのかってくらい」


「それこそ、あんな野球バカみたいなやつの熱量じゃあ、私なんて溶けちゃうし」


 佐古田は俺たちのクラスで一番うるさい坊主頭の男だ。


 野球部では一年ながらエースとして活躍しているようだが、教室ではただうるさいだけの坊主という認識でしかない。


「でもまあ、まずは目先の期末試験に集中するだけだろ。なにせ試験結果の順位が開示されるわけだし」


「そうね。今体育祭のことについて悩んでいてもしょうがないか」


 道具をカバンに入れて、俺たちは図書館を後にした。





 家の玄関扉を開けた瞬間に耳に飛び込んできた大声量。


「──私が勝ったら楽と遊園地に行くっ!!!!!」


 玄関で仁王立ちした状態で、帰宅した俺に対してそう言い放ったのは美玖。


「………お前が俺に勝ったらってこと?」


 てかそもそも何の勝負なのか。


「いや違う。今回の期末試験で私が最上秋人に勝ったら、楽は私と二人で遊園地に行かなければいけない」


「はぁぁぁ?」


 唐突にぶち込まれた訳の分からない内容の話。


 しかしコイツの言うことが出鱈目ではないことが直後に分かった。


 スマホから鳴った通知音、メッセージの送信主は秋人だ。


『なんかお前の幼馴染と対決することになった』

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